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夜ということもあり道も空いていたのか、15分程で律くんはやって来た。
驚く程の大きな音でチャイムが鳴った。はっと顔を上げて慌てて玄関に向かう。
てっきり、こっそりやって来ると思ってたのに……しかもなんでこんなに早いの!?
驚くことばかりで私は冷静さを保てそうにない。
「こんばんは。周は?」
「う、上に……」
「そう。じゃあ直に降りてくるね。お邪魔します」
そう言って律くんは平然と上がってくる。
直に降りてくるねって……もしかしてそのためにわざとチャイムを鳴らしたの?
リビングのソファーに座る律くんの横に私も腰かけた。目が合うと「またいっぱい泣いたね」そう言って彼は、私の頬を暖かい手で包んだ。その手は少しあまねくんに似ている。
「今から周と少し話をするけど、まどかさんは何も言わずに聞いてて」
「え?」
「俺が気になることを言っても入ってこないで」
「な、何で……」
「何でってあなたじゃ修復できないでしょ。周が気に入らないのは俺なんだから。いいから見てて。子供みたいに嫉妬してあなたを泣かせたことを後悔させてあげるから」
「え……?」
律くんの言葉に戸惑っていると、「……まどかさん? こんな時間に誰か来たの?」とあまねくんが顔を出した。
喧嘩をしていても、夜間の訪問者は気になるようで、玄関の方を向きながらやって来たあまねくんは律くんに視線を移して目を見開いた。
「律!? 何で……」
「何でって、まどかさんから泣きながら電話が来たからだよ」
「え?」
あまねくんの視線が私の方にやってきて、私は思わず視線を逸らしてしまった。
「周だけはまどかさんのこと泣かしたらダメだよって言わなかった?」
「……別に泣かすつもりなんてなかったし」
「そう? マタニティーブルーなんて言葉があるのに? もうすぐ子供が産まれるこんな時期にまどかさんを困らせるようなことを言って泣かせたのは周でしょ」
「っ……誰のせいでこうなったと思ってんの?」
あまねくんは不機嫌そうにキッと律くんを睨み付けた。
「俺のせい? まどかさんから聞いたと思うけど、俺は周とまどかさんが上手くいくように協力したんだよ? 嫉妬される覚えなんてないよ」
「聞いたよ。でも2人でコソコソ会ってたんでしょ」
「そうだね。それ、気に入らなかったんだ?」
律くんはふふっと笑ってそう言った。まるで挑発するかのような物言いに慌てて律くんを止めようと腰を浮かす。しかし、すぐにただ見ててという律くんの言葉を思い出し、口を噤んだ。
「気に入らないに決まってるでしょ! そうやって親切なふりしてまどかさんに近付いて……」
「うん、そうだね。周は、まどかさんが自分の奥さんなのに、俺とこうやって2人で会ってるのが気に入らないんでしょ」
「そうだよ! 今日だってまどかさんのこと気にしてたじゃん!」
「そりゃ気になるでしょ。出産前だし。そんなに、ピリピリするほど嫉妬するならもう別れたら?」
「え?」
期待していた言葉と違ったのか、あまねくんは拍子抜けといった顔で目を瞬かせた。
「そもそも嫉妬するのは、周のものに俺がちょっかい出すからでしょ? なら、俺のものになれば嫉妬なんてする必要ないでしょ」
私はぎょっとして目を丸くさせるが、それでも律くんには考えがあるのだろうとじっと耐える。
「何言ってんの!? 頭おかしくなったの?」
「そんなわけないじゃん。半年経てば俺と籍入れられるし、子供だって父親が変わるなら物心つく前の方がいいよ」
「はあ!? 陽茉莉は俺の子だよ!?」
「そう? そんなんで父親できるの? まどかさんはこれから辛い思いして出産しなきゃいけないのに、その人を泣かせて子供なんて守れるの?」
「それは……」
「残念だけど、まどかさんとの出会いは俺が仕組んだことだから運命じゃなかったね。だから、運命の相手じゃないまどかさんとの子供なんていらないでしょ?」
……私が律くんに泣きながらぶつけた不安なこと。
「そんなわけないじゃん! まどかさんも、陽茉莉も俺の家族だよ!」
「でも周、守れないじゃん。まどかさん泣かせて、不安にさせて。四六時中お腹の中に子供がいて、出産で痛い思いするのはまどかさんなんだよ? それなのに自分が一番の被害者みたいな顔してまどかさんのこと責めたでしょ」
律くんの言葉にあまねくんはぐっと押し黙った。
「まどかさんさえいいって言ってくれたら、俺はいいよ。周の子供なら俺の子として愛せる自信あるし」
律くんは私の肩を抱き寄せて、私の髪に優しくキスを落とした。
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