それぞれの門出

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「だ、だめ!」  あまねくんは青冷めた表情で慌てて駆けてくると、私と律くんの間に割り込んで私を勢いよく抱き締めた。 「だめ! まどかさんも陽茉莉も俺の家族だよ! 触んないでよ!」  追いやられて体勢を崩した律くんが額に青筋を浮かべて「お前ねぇ……」と頬をひきつらせている。 「そんなこと言ってるけど、周この前千愛希と2人で会ってたでしょ?」 「え……?」  律くんの言葉に私もあまねくんも動きが止まる。 「2人でコーヒー飲んで長いこと一緒にいたみたいだけど?」 「そ、それはたまたま街で会って、声かけられたんだよ! 俺、仕事帰りだったし向こうも社長を待ってる間時間あるって言ってたから」  あまねくんは顔だけ律くんの方を向けて、早口にそう言った。 「それ、まどかさん知ってた?」  律くんに言われて、私はゆっくり首を振った。 「時々そうやって千愛希と会ってんの?」 「会ってないよ! あの時たまたまっ」 「わかんないじゃん。まどかさんに千愛希と会ったこと言わなかったんでしょ?」 「忘れてたんだよ! 千愛希さんとだってまどかさんの話をいっぱいしたんだよ」 「だったら、その話をまどかさんにしてあげたらよかったんじゃないの」  律くんは姿勢を正しながら、声のトーンを変えないまま、淡々と話す。 「そうだけど、何もないから言わなかったんじゃん!」 「自分がやましいことしてるから、まどかさんのこと疑うんじゃないの?」 「違うよ!」  あまねくんは、私から手を離すとむきになってくわっと律くんに噛みつく。 「どうだかね。茉紀さんとだって2人で来たじゃん? まどかさんがいない空間に茉紀さんと2人」 「それは……だって、子供がゲームを欲しいって言うから……」 「でも、車の中で男女の大人2人だね」 「だからまどかさんは? って聞いたの……?」  あまねくんは息を飲んで瞳を揺らした。 「さあ? どっちにしても周は異性と2人で会ってることもあったよね」 「……でも、千愛希さんと茉希さんだよ? 2人に限ってなんかあるわけないじゃん!」 「それなのに俺とまどかさんは疑うんだ?」 「それは……で、でもさっき触ったじゃん!」 「周が大事にできないからでしょ? 俺の方がまどかさんのこと大切にできると思うよ」 「そんなことない! 俺の方がまどかさんのこと好きだし、ちゃんと大事にできるもん!」 「本当に?」 「本当に!」 「じゃあ、これに懲りて二度と泣かせないって約束できる?」 「する!」  あまねくんはピシッと姿勢を正して、律くんに向き合った。律くんはふうっと息をついて「謂れのない疑いをかけられることがどんなに不快かわかったでしょ?」と目を細めて言う。 「う、うん……。ねぇ、まどかさん俺、千愛希さんとも茉紀さんともなんもないよ!」  またこちらを向いて、必死に訴えかけてくる。 「わかってるよ……」  そんなこと疑ったりしないし……。  そう思ってると「当たり前でしょ。千愛希は俺と付き合ってるんだから」と言った。 「えぇ!?」  私とあまねくんは声を揃えて驚いた。 「何で!? いつ!?」 「んー……2週間前くらいじゃない?」 「何で言わないのさ!」 「別に結婚するわけでもあるまいし何で一々報告しなきゃいけないの?」 「だ、だってさっきまどかさんもらうって……俺の方がまどかさんのこと大切にできるって……」 「うん。そう思うよ。だから、泣かすなら奪うよ」 「え……」  私とあまねくんはその場で硬直する。 「周が勝手に勘違いして、勝手に嫉妬したことだけど、周がそんなんなら拐ってくからね」  にっこり律くんが笑う。けれど、目は全然笑っていなくて黒いオーラを纏っている。  これは……相当怒ってらっしゃる。 「そ、それはダメ!」 「さっきから普通にまどかさんに触ってるけど、お前まだ1回も謝ってないからね」 「う……」  律くんに指摘され、あまねくんは、ぐっと動きを止めた。  あまねくんは眉を下げたまま、私の顔を覗き込み、「まどかさんごめんね……嫌なこと言って傷付けてごめんね。ちゃんとまどかさんのことも陽茉莉のことも大事にするから……俺にもう1回チャンスくれる?」と尋ねた。 「う、うん……」  私はこくこくと頷き、あまねくんの顔を見上げた。 「泣かせたら俺の嫁ね」  あまねくんの背後でそんな声が聞こえる。 「ちょ、そしたら千愛希さんはどうなるの!?」 「さあ、相手がまどかさんなら文句ないんじゃない?」  律くんの言葉に確かにそうかも……なんて思ってしまう私達。  すっかり最後まで律くんのペースで、私達の思考が別のところにいったまま、律くんは立ち上がった。
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