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「じゃあ、俺もう帰って寝るから。くだらないことで泣かすんじゃないよ」
「は、はい……」
律くんに凄まれて、あまねくんはびくびくしながら何度か頷いた。
「り、律くんありがとうね!」
「ん。周のせいで泣くことなんかないよ。悲しくなったらいつでもおいで」
律くんは私に優しく微笑んで、玄関へと向かっていった。
律くん凄いな……あっという間にあまねくんを謝らせて、風のように去っていく。
本当に仲直りさせるためだけにやって来た律くん。こんな夜に来てくれて、あまねくんに反省までさせてくれて。なんて優しくて頼もしいんだろう。
律くんを見送って、鍵を閉めると軽く息を吐いてあまねくんを見上げた。
彼は顔を伏せて「まどかさん、本当にごめんね」と謝った。
「私もごめんね……黙ってて」
「ううん。俺ね、本当は運命とか、律と会ってるとかどうでもいいんだ……」
「え!?」
それで怒ってたんじゃなかったの!? わけがわからなくて、こちらも困惑する。
「もうすぐ陽茉莉産まれるでしょ。戸塚さんみたいにレンジャーごっこできないよって言ったけど、他にも色々不安になってきちゃって……。俺、まどかさんも大事にしたいけど、そこに陽茉莉も加わったら2人いっぺんに守れるかなって……」
「あまねくん……」
「律に会ったら、相変わらず余裕そうでさ……独り身で悠々と生きてて、でもそんなでも律ならなんでもそつなくこなせるんだろうなって考えたらどんどんもやもやしてきちゃって……」
「んー……、つまり私と律くんの仲に嫉妬してたっていうより、なんでもそつなくこなせる律くんの性格に嫉妬してたってこと?」
私が首を傾げると、あまねくんは気まずそうに眉を下げて「多分そう。だから、まどかさんのは完全に八つ当たり……ごめんなさい」と言った。
「なんだ……そっか」
「で、でもね! やっぱりさっきみたいに律がまどかさんに触るのも、まどかさん取られちゃうのも嫌なんだよ!」
「律くんはそんなことしないでしょ。こんな夜にわざわざきてくれたんだよ。律くん、怒ってたね……」
「う、うん……怖かった」
下唇を噛んで目を伏せるあまねくん。すっかりしょんぼりしてしまっていて、私は思わず笑った。
「あまねくん、私だって一緒だよ。お母さんになるの初めてなんだもん。だから、ちゃんとお母さんできるかな、奥さんとしてもやっていけるかなって不安なんだよ」
「まどかさん……」
「だからあまねくんが必要なんでしょ。最初からパパとママになれるわけじゃないんだから、一緒に頑張って陽茉莉にとっていいパパとママになりたいの」
「うん……」
「律くんは好きだよ」
「ま、まどかさん!?」
「でも、私はあまねくんが好きだからあまねくんと結婚したの。律くんと仲良しのあまねくんが好きなんだよ」
「うん。俺、陽茉莉にとっていいパパになりたい……で、でも……まどかさんの夫失格だね」
「ううん、わかってくれたらいいよ。でも、悩んだらちゃんと言ってほしい」
「そうする……。俺もね、まどかさんのコレクションとか、写真とか本当はまどかさんに見られたくないもの全部さらけ出して、秘密なんて一個もないのに、まどかさんが隠し事してたのが嫌だったんだ……」
「そっか……そうだよね……」
私だってそんな秘密あったら隠しておきたいもんなぁ……。いや、ないけど。でもきっとあまねくんは私に嫌われるかもとか軽蔑されるかもなんて思いながらあの箱の中身を見せてくれたんだろうな……。
もしあそこで私が彼を受け入れられなければ、今の結婚生活はなかった。
彼にとってリスクのあることを洗いざらい話してくれた。そんな彼に対して、私はやっぱり誠実ではなかったのかもしれない。
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