それぞれの門出

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 茉紀がやってきたのはそれから30分後の事だった。光輝は戸塚さんに会えると喜んで支度をしたのだけれど、麗夢がぐずってしまうものだから家を出るのが遅れたそうだ。  ナビで近くまできたら気落ちするくらいの豪邸があったからすぐにわかったよなんて笑っている。私も初めてこの家の外観を見た時には圧倒されて足がすくんだものだ。慣れというのは恐ろしいもので、今となっては自由に中を行き来している。 「こんにちは!」  元気な戸塚さんの挨拶に茉紀はやんわり微笑んで「こんにちは。今日はありがとうございます」と頭を下げた。  こうしてお淑やかにしていると、普通に美人なんだけどなぁ……。ぎゃんぎゃん叫んでいる普段の茉紀を思い出すと半笑いせずにもいられない。  それが彼女の魅力でもある、と言ってしまえば聞こえはいいのだけれど。  光輝はというと、戸塚さんの姿を見つけて真っ先に駆け寄った。 「まさむね!」  右足にがっちり捕まり、戸塚さんを見上げている。綺麗な瞳が期待を孕んでいて、私達全員は、おそらく先日の光輝を思い出している。 「光輝くんこんちにちは。元気だった?」  足を掴まれているがために、中腰で光輝の視線に近寄った彼は、これまた爽やかな笑顔を向けた。 「うん! 元気! まさむねも元気?」 「うん。元気だよ。さあおいで。妃茉莉ちゃんに挨拶しようか」  光輝の脇腹に手を伸ばしそのまま抱えた。腕に乗せるように抱っこした戸塚さんは、光輝と共に妃茉莉のベッドを覗き込んだ。 「産まれたばかりだよ。光輝くんは麗夢ちゃんが産まれた時のこと覚えてる?」 「おぼえてるよ! ちーっちゃかった! この子の方がおっきいね!」  言われる度に少し胸が痛みます。  茉紀の方を見れば麗夢の手を握ったまま笑いを堪えている。 「笑うんじゃないよ」 「あんた、3000超えてたって? ばかにでかい子産んだじゃん」 「そうだよ。将来はスーパーモデルの如く長身に育つ予定」 「まあ、ありえるだろうね。スタイルいい子に育つのは羨ましいわ。麗夢は2500で産まれてるからね。まあ育っても普通体型だよね」 「女の子ならいいじゃん」 「問題は光輝だよね。あの男も身長普通だったからなぁ……172、3くらいまで伸びてくれれば嬉しいけんさ」 「将来どうなるかお互いに不安ですな」 「それな」  私と茉紀は楽しそうな戸塚さんと光輝を見つめ、ほっこりとした気分になる。フローリングに下ろされた光輝は柵の間から手を伸ばし、妃茉莉に触れようとしていた。 「光輝! だめだよ!」  慌てた茉紀が駆け寄って光輝を引き剥がした。驚いた光輝が眉を眉間に寄せて今にも泣きそうな顔をしてる。 「茉紀、いいよ」 「いや、でも手汚いし」 「じゃあ光輝さ、まどかちゃんと一緒に手洗いに行こうか。そしたら一緒に抱っこしよう」  私がその場でしゃがんで言うと「だっこ?」と上目使いで私を見た。  可愛いなぁ……。旦那さん似だと茉紀は言っていたけれど、ちゃんと茉紀にだって似ている。さらさらの黒髪なんて特に茉紀とそっくりである。  光輝の手を引いて洗面所で手を洗う。残念ながら守屋家は皆長身のため、何かにつけて全ての高さが高い。かといって子供用の足台があるわけがなく、私が光輝を抱えて本人に手洗いを任す形になった。  さすがは小1。もう重たい、重たい。軽々抱っこして肩車していた戸塚さんはかなり頼もしいと思えた。  光輝と共にリビングに戻ると、ソファーの上に光輝を座らせた。寝ている妃茉莉をそっとベッドから出し、光輝の膝の上に乗せてやった。 「今まだ寝てるからね。しーだよ」  こそこそと光輝に話しかけると、無言でこくこく頷く光輝は嬉しそうに妃茉莉を見つめた。  光輝の手を誘導してやって、妃茉莉を上手に抱っこしている光輝。しかしそこからどうしていいものやらと私に目で訴えてくる。 「可愛い?」 「うん。……可愛い」 「麗夢もまだここから1年とちょっとしか経ってないんだよ。光輝はお兄ちゃんだから麗夢のことも大切にしないとね」 「うん。でも、ママが触っちゃだめって言うから、らむのこと抱っこしたことないよ」 「……そっか。光輝もまだ年長さんだったからじゃないかな? もう1年生になったから、ママがいる時に一緒に麗夢のお世話してみたらどう? まだ麗夢も小さいから、1人で勝手に触ったら危ないけど、ママが一緒の時にはいいと思うよ」  家事も育児も1人でやってきた茉紀の事だ。時間のない中で子育てをして、光輝にも手を焼きながら大変だったことだろう。  人の子育てに口を挟むつもりはないが、あまりにも光輝が寂しそうに見えたのでそんなことを言ってしまった。  そっと茉紀の顔色を伺うと、彼女は自らこちらにやってきて「そうだね。光輝ももう1年生だもんね。たまには麗夢の面倒もお願いしようかね」と言った。  光輝は表情を明るくさせ、妃茉莉の手を優しく握った。 「やわらかいね」 「ね。光輝も赤ちゃんだったんだよ。もっとちっちゃいっけ」  光輝の反対側に腰かけた茉紀が光輝の頭を撫でながら笑う。 「おれ、あかちゃんじゃないよ」  恥ずかしそうに下唇を噛んでいる光輝は、茉紀の方を見ようとはせず、じっと妃茉莉を見つめていた。  茉紀、戸塚さんにも妃茉莉をだっこしてもらい、守屋家の皆さんとも暫し談笑をする。  スキッチを取り出した光輝が結構進んだと言いながら戸塚さんの膝の上に座る。これだけ日が経っていても未だになついているのだから凄いなと感心した。
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