それぞれの門出

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 私とあまねくんは一度顔を見合わせてから「えーー!?」と声を上げた。すぐに子供達の存在を思い出し、慌てて口を塞ぐ。  茉紀の離婚の原因となった不倫相手があの時の車の運転手ということは……そういうことなのだろうか。 「私っち家の前でってことは茉紀のことつけてきたのかな?」 「多分そうだと思う。旦那がうちの実家を教えてあったらそれも可能だし……」 「酒飲んでて正常な判断ができなくなって尾行して、光輝くんまで引き殺そうとしたんだとしたらまだ納得……はできないけど、怖いのは最初から茉紀さんか子供達を殺そうとしてて、殺人未遂で捕まるのを恐れてその後酒を飲んだって事だよね」  私達は、あまねくんの言葉に背筋が凍るようだった。茉紀に慰謝料をとられてむしゃくしゃしたのかもしれない。しかし、そもそも茉紀の旦那さんと不倫をしたのはその名波という女性であって茉紀は被害者だ。  本当に茉紀に危害を加えようとしていたのであれば完全なる犯罪だ。 「それ、ちゃんと確かめた方がよくない? この先何があるかわかんないよ」 「う、うん……。でもさ、不倫相手とは直接連絡とれないし、かといってアイツに言えばあの女の肩を持つと思うんだよね」 「取れたとしても直接不倫相手とは危険だよ!」  私と茉紀が話していると「そういうことはやっぱり弁護士さんを立てた方がいいんじゃないですか? 警察は実際事件がないと動いてくれませんし、酒気帯び運転として片付けられている以上殺人未遂で動いてもらうのは難しいかもしれないですしね……」と戸塚さんが言った。  詳しい事情を知らない戸塚さんでも、ここまで話が進んでいれば全てを察したはずだ。茉紀も隠すつもりはないのか「また弁護士さんにお世話になるのはちょっと……。費用も離婚の時には慰謝料が入ったので依頼料を支払えましたけど、今回の件で和解金が出なかったり裁判になって負けるようなことがあればこれ以上の負担金は正直厳しいです」と言った。  茉紀の言っていることも最もだ。あまねくんが言ったように、お酒を飲んでいて勢いで尾行をしたのであれば、今頃免許を取り消されて反省しているかもしれない。そこに弁護士を立ててまた裁判沙汰なんて茉紀も大変だろう。しかし、これが本当に殺人未遂なら今後どこに危険が潜んでいるかわからない。  こんな状態で穏便に過ごせる気はしない。 「とりあえず律なら部屋にいると思うし声かけてみる? 相談するだけならタダですよ」 「……なんかそう言いながら何回も話を聞いてもらってるよね」  茉紀は目頭を指で押さえながら大きなため息をついた。 「それを言ったら私もだよ……」  私だって例外ではない。守屋家には結婚前から散々お世話になっているのだから。 「律のことだから、面倒だと思えば今回は無理! って突っぱねると思うんで」 「律くんは何だかんだ聞いてくれちゃうとおもうなぁ……」 「そうだよね。休日に申し訳ない……いや、やっぱりいいよ。いくらなんでも離婚が片付いたばっかりでこんなことまで聞いてもらえないし。こんなこと繰り返してたら律くんも休みなくなっちゃうしさ」 「何でですか?」  茉紀の言葉に続いて疑問を投げ掛けたのは、律くん本人だった。マグカップを持って立っているため、コーヒーのおかわりでも淹れにきたというところだろうか。 「り、律くん!」  私達は一斉に声を揃えた。まさかこんなタイミングで本人が現れるとは思いもしなかった。 「また何かあったんですか?」  またという言葉が引っ掛かるが、平然とした顔をしている彼は、きっとまた何かが起こると予想しているようにも見えた。 「あ、いや……別に……」  遠慮をしているのか、言いにくそうにしている茉紀を余所に、あまねくんは「律、聞いてよ」と飄々と経緯を話し始めた。
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