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一連の流れを聞いた律くんは「うん、そんな感じはしてたよ」と顔色を変えずに言った。
「え!? いつから!?」
光輝が車に轢かれそうになった経緯は、律くんには話していない。あれからすぐにあまねくんと喧嘩をしてしまったし、仲直りの翌日にはベビーカーに夢中で茉紀の話は出てこなかった。
そんな中で律くんにとっては想定内だと言われてしまえば、あまねくんがこんなにも目をまん丸くさせるのも無理はない。私だって声もでない程驚いているのだから。
「離婚調停の時、感情的になりやすいって坂部先生から言われてたんだよね。嫌なタイプだから何かやらかすんじゃないかって思ってはいた。まさか轢き殺そうとするとは思ってなかったけど」
「そ、それなら注意するように言っといてくれればよかったじゃん! 今回は戸塚さんがいたから大事に至らなかったけど、いなかったらどうなってたかわかんないよ」
「裁判して不倫相手と揉めて、親権争いまでして疲弊してる人間に、子供や自分の身が危険だから注意するように促す程俺も鬼じゃないよ。何が起こるかわからない恐怖に毎日怯えて暮らすのがどれ程精神的に負担かは周とまどかさんが一番よくわかってると思うけど」
律くんの言葉に、あまねくんも私もぐっと押し黙った。雅臣のストーカー行為に始まり、次は何を仕掛けてくるだろうかと毎日が恐怖だった。
知らぬが仏とはよく言ったもので、私も雅臣と再会するまでは毎日が幸せで天にも登る気持ちだった。
相手の行き過ぎた憎悪を知らなかったが故に、離婚後も安心して子供達と共に過ごしてこられたのも事実だった。最初に警告されていたら、茉紀も外に連れ出すのを躊躇したかもしれない。
茉紀に視線を移せば、指先がカタカタと震えていた。あまねくんが言ったように、戸塚さんがいなければ光輝を失っていた可能性もあるのだ。
他人の夫に手を出した挙げ句、子供の命まで奪おうなんて許せない。更に許せないのは、家事も育児も1人でこなしてきた茉紀よりもそんな狂気じみた女を選んだあの男だ。
不倫したのなら、責任を持って女の首に縄でも括って行動を見張っておけと言いたい。
親友とその子供が危険にさらされたことで、私も腸が煮えくり返りそうな程、憤りを感じていた。
しかし、茉紀は恐怖の方が大きいようで不安が表情に表れている。
「私はどうしたらいいですかね……」
震える指先をぎゅっと手で握り、茉紀は立っている律くんを見上げて尋ねた。
「俺が仲介しますよ」
「で、でも……」
「成功報酬はあちらからいただきます。負け戦には挑まない質なので」
そう黒い笑みを浮かべる律くん。彼の笑顔を見て、私達はなぜか安心感に包まれた。彼が根拠のない自信に満ち溢れている時には、決まって事が好転するのだから。
戸塚さんだけは小首を傾げていたが、茉紀の表情を和らげるには十分だった。
律くんは早速動いてくれると言った。何だかんだ嬉しそうに見えて、こういう犯罪の臭いがする事柄には興味があるのだろうと思えた。恐らく律くんは興味本位で受け入れてくれたのだと思う。しかし、依頼料を気にしている茉紀にとっては願ってもない展開に違いない。
律くんが再びいなくなると、戸塚さんは正義感が強いのか「俺にできることがあったら何でも協力しますからね! いつでも頼って下さい!」と勇ましい表情で言った。
今の茉紀にとって、その言葉はとても心に響いたのか感激している様子であった。
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