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待合所で待っていると、検診では長いこと待たされるのに、すぐに名前を呼ばれた。
状況を再度説明し、診察を受けた。
「心音もちゃんと聞こえるし、異常はなさそうですね。初期の妊娠では、出血することもあるから、今回は問題なさそうですよ」
医師は、にっこり微笑んでそう言った。その言葉にふっと力が抜けて、一気に安堵した。
「本当ですか……?」
「ええ。ただ、無理は禁物ですよ。あんまり出血が続いたり、量が多くなるようだったらすぐに受診してくださいね」
普段、極力外出しないようにしていることや、体に負担をかけないように心がけていることを伝えると、安定期に入るまでは続けるようにと言われた。
とにかく何もなくてよかった。安心して待合所にいる律くんのところに戻る。
しかし、律くんの姿を見つけてはっとする。
足を組んで雑誌に目を通している彼に向けられている視線の数々。妊婦さん達を初め、受付のお姉さんや看護師さん、助産師さん達までもがチラチラと律くんを見てはきゃっきゃと顔を赤らめている。
初めてあまねくんと来た時もそうだったなぁと思わず苦笑いをする。
そりゃあ、こんなに綺麗な男の子が待合所にいたら注目されるよね……。
「律くん」
声をかけると、すぐに顔を上げて「どうでした!?」と心配そうにこちらを見る。
「大丈夫だって。よかったよ、赤ちゃん元気って」
「そ……よかった」
中腰になった律くんは、ほっとしたようにそのまま腰を下ろした。
私もほっとしたよ、律くん。律くんがいてくれてよかった。もしこれで最悪な結果が待っていたら、とてもこの場に一人でなんていられなかった。
「うん。一昨日、あまねくんと検診に行って元気だって言われたばっかりだったんだけど、出血したのは初めてだったから……。心配で電話しちゃって……」
「いいですよ。無事が確認できれば」
「ありがとうね……。仕事抜けて来てもらってごめんね」
「ううん。俺も心配でしたから。周がいないんじゃ、まどかさんも不安だろうし」
「うん。どうしようかと思った……。律くんが来てくれて心強かったよ。本当にありがとうね」
そうお礼を言えば、ふっと微笑んで「いつでも頼ってくれていいから」と言ってくれた。
律くんは優しいなぁ……。あまねくんと結婚して律くんの義妹になったからか、以前よりもうんと律くんが優しく感じる。
会計の名前を呼ばれると、律くんは一緒に立ち上がり、財布を出した。
「律くん、いいよっ……」
「ううん、大丈夫。最後まで見てないと、俺が周に怒られるからね」
そう笑って彼はお会計を済ませてくれた。
何だか申し訳ないな……。散々騒いで仕事中に呼び出して、挙げ句の果てにお会計までさせてしまうなんて……。
「ごめんね……」
「謝らなくていいから。子供が無事でよかった」
あんまり見られないにっこりとした笑顔にキュンとする。この顔、あまねくんに似てるんだよなぁ……。
まるであまねくんが一緒にいてくれるみたいで、心が温かくなった。
「無事でよかったですね。パパも安心しましたね。パパとママが仲良しで赤ちゃんも幸せですよ」
受付のお姉さんにそう声をかけられた。普段見ない人だった。
「パパ……」
隣の律くんは、そう呟いて耳まで真っ赤にしている。
「ふふ……」
間違えられたことがそんなに恥ずかしかったのかと思わず笑ってしまえば、「その人、パパじゃないわよ!」と小声でお姉さんの袖を引っ張る人の姿。慌てた様子の彼女は、いつも親身に話を聞いてくれる助産師さんだ。
「え? す、すみません!」
受付のお姉さんは、急いで頭をさげ、助産師さんも「ごめんなさいねぇ……」と眉を下げている。
「いえいえ。今日はパパのお兄さんに付き添ってもらったんです。大丈夫ですよ」
そう言えば、「そうだったんですね。とにかく何もなくてよかったです。次の検診も待ってますね」と助産師さんに見送られて私達はクリニックを後にした。
「間違えられちゃったね」
車まで歩きながら律くんに向かって言う。彼は思い出したのか、また顔を赤くさせて「パパとか言われたの初めてだし……」と恥ずかしそうにしている。
「あまねくんは、パパって初めて言われた時、嬉しそうにしてたよ」
「そりゃ、まぁ……本物のパパなわけだし……」
「んー?」
モゴモゴと口ごもる律くんを見上げれば、「何でもない。送っていきます」と顔を逸らされてしまった。
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