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「どっちみち、周が言うように本人が言わないなら余計な詮索はしない方がいいと思います」
「……わかってるんだけど」
「そんなにどうしても気になるなら、興信所の友人に頼んでみますけど?」
律くんは、コーヒーカップを持ち上げて、軽く上目遣いでこちらを見た。
う……。可愛い顔して、さらっととんでもないこと言い出した。
「茉紀さんや旦那さんの動向を探れば、何かわかるかもしれませんよ」
「それは……そうだけど……」
「ただ、そこで真実が見えた時、どうします? 興信所で調べさせたから全てを知ってると打ち明けますか?」
「そんなこと言えないよ!」
「でしょ? 結局正当法で情報を得る以外に、茉紀さんとちゃんと話し合うことなんて無理なんですよ」
「……うん」
それはそうだ。いくら親友とはいえ、勝手にプライベートを調べるなんてそんなことはできない。
それが茉紀にバレれば、私達の関係は修復不可能になってしまう。
「それに、茉紀さんはあなたと周に迷惑をかけないと言ったんでしょう?」
「う、うん……」
「それならきっと勝手に解決しますよ。全てが片付いたら話してくれるんじゃないですか?」
「まあ……そうかもしれないけど……」
律くんとあまねくんの考え方は似ている。兄弟だからなのか、男性だからなのかはわからない。
けれど、きっと男性同士はこんなふうに色々詮索したりしないんだろうなと思う。
コーヒーカップの取っ手を持ったまま俯く私の隣で、スマホが鳴った。
「あ……」
「周かな?」
そう言った律くんの頬が緩む。
画面を見ればあまねくんで、私はすぐに通話ボタンを押す。
「まどかさん、ごめんね。電話出れなくて。仕事中にかけてくるなんて何かあったの?」
真面目な声色で、彼が言う。そりゃ、普段仕事中に電話なんてかけないのだからあまねくんが心配するのも無理はない。
「ああ、うん。ちょっと出血しちゃってね」
「出血!?」
耳がキーンと痛くなる程の大声をあげるものだから、思わずスマホを耳から遠ざける。その様子を見て、目の前の律くんはクスクスと笑っている。
「で、でもね。もう病院行ってきて、何でもなかったの」
「病院行けたの!?」
「あまねくんが電話出れなかったから、律くんにかけてみたの。そしたら、仕事抜けて来てくれて……」
「律が!? ……そう。それは悪いことしちゃったな。まだ律いる?」
「うん。心配だから、もう少しいてくれるって。でも、お客さんとのお話しがあるから、もう少ししたら仕事戻るよ」
「そうか……。わかった。今から帰るよ」
「えぇ!?」
あまねくんだって仕事がまだ残っているだろうに。
「赤ちゃんの無事も確認できたし、律くん帰っても安静にしてるから大丈夫だよ?」
「俺が心配だから。今から一件お客さんに連絡したら、後は事務所で仕事するだけなんだ。明日以降でもなんとかなるから、有給使って早めに上がらせてもらう」
「で、でも……」
「いいから。とにかくすぐに帰るから、まだ律がいるならギリギリまでいてもらって」
さっきまでは、律くんに悪いことしたと言っていたのに、帰るまで律くんに見張り番をさせようなんてあまねくんらしいと思わず笑ってしまう。
電話を切ると「俺、信用されてるねぇ」と言って笑っている律くん。
「聞こえた?」
「もちろん」
「い、いいのかな? ……仕事」
「周がそうするって言ってるんだからいいんじゃないですか? 無理な状況で仕事放ってくるようなやつじゃないし」
「そっか……」
「よかったね」
律くんがそう言ってにっこり笑ってくれるから、あまねくんの愛情をたくさん感じて、嬉しくなった。
私は今、こんなにも幸せなのだ。律くんにも支えられて、あまねくんにもこんなに尽くしてもらっている。
目の前の幸せを蔑ろにしてまで、茉紀やハイジさんのことに首を突っ込むべきではないのかもしれない。
律くんとあまねくんに言われた通り、暫くは大人しく様子をみようと思った。
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