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外に出た私達は、暫く人並みの中を歩く。東京の夜の街を歩くのなんて何年振りだろうか。
「よくわかったね、あの子が何か言ってくるって」
私はあまねくんと手を繋ぎながらそう言って顔を上げた。
「ん? わかるよ。皆でいた時もチクチク言ってたじゃん」
「それはちょっと感じたけど……」
「あの間宮って人、結構モテるんだろうね。金持ってそうだし」
「優しいしね。でも、何か好きになれないんだよね」
「だって、連絡先の聞き方とか不器用だし、女の尻に敷かれるようなタイプじゃん? あれじゃ頼りなくて無理だなってまどかさんの本能が言ってるんだよ」
「何それ」
あまねくんの言葉にクスクスと笑ってしまう。ちらほらと雪が舞っていて、私は鼻を啜った。
「大丈夫? 寒いよね。タクシー拾うから待ってね」
あまねくんがそう言って握る手の力を込めた。こんなに寒い東京でも、あまねくんが一緒にいれくれれば安心だ。
「何だかとんでもないことになっちゃったけど、あまねくんと東京これたのはよかったかな」
「うん。俺も最初からそのつもり」
「え? やっぱり最初から伊織くんに文句言うつもりだったんでしょ?」
「そりゃそうでしょ。まどかさんに連絡してきたり、食事に誘ってきたり鬱陶しいなって思ってたからね」
「もう……」
やっぱり最初からそのつもりで伊織くんに会ったのかと軽く息をついた。
連絡取ってていいよなんて言ってたけど、本当は嫌だったんだろうな。
あまねくんの気持ちを考えると、それでも今までおとなしくしててくれたのは奏ちゃんのためなのだと思う。
「奏ちゃんに何もないといいけどね」
「何かしたら許さないよ」
「うん。私も許せない」
「でも、まどかさんに馴れ馴れしいのはもっと許せない。俺よりもまどかさんのこと知ってるみたいな言い方してさ。単なるバイトだったんでしょ? すげぇ嫌な奴」
「まあまあ……。間違っても伊織くんを好きになることなんてないわけだし、もう連絡も取らないし。いつも守ってくれてありがとね。ちょっと、スッキリしちゃった」
そう言ってあまねくんの腕にすり寄る。
「当然でしょ。俺がまどかさん守るんだから。これからもずっとね」
「うん。頼もしい旦那さんで嬉しいよ」
あまねくんと笑い合いながら、タクシーを拾い、乗り込む。
「エンパイアホテルまで」
あまねくんがそう言った。運転手は軽く返事をしてタクシーを走らせた。
「エンパイアホテル? このまま帰らないの?」
「寒いしね。今から帰っても遅くなっちゃうじゃん。新年終わったからか予約とれたんだよね」
「え? 予約してあったの?」
「うん。21時チェックイン」
「うそ……」
時計を見れば20時36分だった。
「頃合い見て出てきたからねぇ」
何の悪びれもなくふふっと隣で笑っているあまねくん。おそらくここまでのことを計算して伊織くんと近衛真緒美に啖呵を切ってきたのだろう。
「……策士」
「何事も計画的に動かないとね。折角の東京なのにただアイツに会って帰るなんてもったいないじゃん。まあ、いい酒タダで飲ませてもらったけど」
「あ……お金払わないで出てきゃったけどいいのかな?」
「いいでしょ。セクハラのお詫びとして奢ってもらえば。ああいうの経費で出るんじゃないの?」
「また調子いいこと言って。経費で出るかどうかなんて知らないよ。結構高そうなお店だったけど大丈夫かな?」
「大丈夫だって。最初からまどかさんにいいところ見せたくて金出すつもりでいたよ、きっと」
「そ、そうかな……」
「散々嫌な思いさせられたんだからいいの。そんなこと気にしなくて」
「う、うん……」
せめて自分達の食事代くらいは支払った方がよかったんじゃないかと気にしながらも、あまねくんの機嫌を損ねても嫌なのでこの場は納得しておくことにした。
目的地で降ろされた私達は、どんっと構えられたホテルを見上げる。
てっきりビジネスホテルかなんかを想像していたのだけれど、どうやら違うらしい。
外観からしていかにも高級そうである。
「え? あまねくん、ここって……」
「たまにはいいところに泊まるのもいいでしょ? 新婚旅行もお腹の子がいて連れてってあげられないしさ。少し贅沢しよ?」
「えぇ!?」
「おいで」
戸惑いながらあまねくんに手を引かれ、ついていく。中は高級感溢れるきらびやかな作りである。
廊下も柱もキラキラとしていて、歩くのさえも戸惑う。
「守屋様でいらっしゃいますね。ご案内いたします」
律儀にホテルマンまでついてくる。夜のチェックインにも関わらずここまでしてくれるのかと唖然としていた。
エレベーターに乗り込むとグングン上昇し、最上階で止まった。
「最上階!?」
思わず声が出て、慌てて口を塞ぐ。ホテルマンは聞こえなかったかのように全く反応せず、あまねくんはおかしそうに笑っている。
「こちらがスウィートルームになります。ゆっくりと御寛ぎ下さい」
そう言って頭を下げ、翌日のチェックアウトの時間を説明してホテルマンはその場を去っていった。
中に入って私は言葉を失う。広いどころの騒ぎじゃない。ソファーもいくつもあって、ガラス張りの大きな壁からは、東京の夜景が一望でき、東京タワーが大きく見えた。
「あまねくんっ、す、スウィートルームって……」
「うん。やっぱいいよね。綺麗だし」
何だか感動しているのは私だけのようで恥ずかしくなる。手を引かれて夜景のすぐ傍まで行く。
「スカイツリーより東京タワーの方が好きなんだ。ただそれだけ」
あまねくんはそう言って笑った。
「……綺麗」
「たまには綺麗な景色も見せてあげたくてさ。バスルームからも見えるって。雪が舞ってるのも綺麗だね」
「うん……」
「子供生まれたら中々こういうところに2人きりって無理だから。今の内に、ね?」
そう言って彼に後ろから抱きしめられた。今日は伊織くんに呼ばれてどうなってしまうのかと不安な中、東京にやってきたのに。おみくじ凶だったし、不吉な事が起こったらどうしようって思ってたのに。
そんな不吉な運気なんて、あまねくんの思いやりの前には皆無だと思い知らされた気がした。
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