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15分程して、「そろそろ行かなきゃ」そう律くんが言い、脱いでいた上着を羽織ったところで玄関のドア開く音がした。
「ただいまー」
パタパタと足音がして、あまねくんが顔を出す。
「おかえり」
そう言ったのは律くんだった。
「まどかさん! お腹大丈夫!? あ、律! 仕事中だったのにごめん。俺、電話出れなくて」
一旦律くんを無視して私に駆け寄ったあまねくんは、私のお腹をさすりながらそう言った。
「いいよ。電話きた時にはただ事じゃないって思ったし」
「え!? そんな切羽詰まった状態だったの!? お腹痛かったの?」
「ああ、うん……。お腹痛いのは痛かったんだけど、それより流産したらどうしようかと思って……」
身を屈めて、私の視線を合わせるあまねくん。眉を下げて、心配した様子で私の頭を撫でる。
「でも、何もなくてよかったよ。子供、元気だって」
律くんはそう言って、バッグを手に持つ。
「よかった……。律、今から戻るの?」
「うん。クライアントが来るからね。まどかさんも安静にね」
「うん! 律くん、本当にありがとうね」
「どういたしまして」
律くんは素敵な微笑を残して帰っていった。本当に彼がいてくれてよかった。
「ごめんね、まどかさん。不安だったよね?」
「う、うん。でも、私こそ仕事中に電話なんかしちゃってごめんね。迷惑かけちゃった」
「迷惑なんかじゃないよ! 俺の子供でもあるんだから。でも、一昨日検診に行った時はなんでもなかったのに、何で急に出血したのかね?」
あまねくんはようやく私のお腹から手を離し、ダイニングの椅子へ腰かけた。
「妊娠初期の出血はよくあるんだって。とりあえず少量なら大丈夫そうなんだけど、量が増えたり、ずっと続くならまた受診するように言われたよ」
「そうなんだ……。何か、安定期に入るまで落ち着かないね。まだ今日月曜日だし、あと4日間もまどかさんから離れて仕事しなきゃなんて俺も不安だよ……」
「大丈夫だって。何ともないって言われたんだから。あと4日くらい、お家でおとなしくしてるよ」
「うん。家事も無理してやらなくていいからね。仕事から帰ってきてから俺がやるし」
「いいよ、いいよ。さすがにそれは……」
さすがにそこまではしてもらえない。安静にっていったって、トイレ以外の何十時間をずっとベッド上で過ごすなんて私にも無理な話だ。
それに、病院で絶対ベッド上安静でって指示されたわけでもないし……。
「無理しないでよ? 妊娠中に気を付けた方がいいこととか茉希さんに聞いてみたら? この時期どうやって過ごしてたかさ」
何も知らないあまねくんはさらっとそう言う。
たしかに、本来茉希に聞くならこういうことだよなぁ……。
電話してすぐにハイジさんの話を始めた私を思い出し、気持ちが沈む。
「……どうかした?」
私の異変に気付いた彼は、首を傾げてそう尋ねた。
「茉紀と喧嘩した……」
「え?」
意外だったのか、全ての動作を止めて視線だけこちらに向けた。
言わないわけにはいかないか。何でもないと言えばまた余計な心配をかけるし、喧嘩をしたことすら言わなければ、直接茉紀に妊娠について聞きかねない。
それをハイジさん伝てにするとしても、いずれ知られてしまうことだろう。それなら、いっそのこと正直に話してしまった方がいい。
私は、茉紀とのやり取りと律くんに相談したことをあまねくんに説明した。
彼は、着替えもせずにしっかりと私の話を聞いてくれた。
土曜日はあんなに興味なさそうだったのに、茉紀と喧嘩したことでさすがにこのままにしておけないと思ってくれたのかもしれない。
「そっか。そんな状況なら、すぐに茉紀さんと仲直りするのも無理そうだね」
「……うん」
「じゃあ、一緒にハイジさんのところに行ってみようか」
「え!?」
意外な彼の言葉に、思わず身を乗り出した。あんなに放っておけと言ったのに。まさか、あまねくんの方からハイジさんと話をすることを提案してくれるなんて。
「もう気になって仕方ないんでしょ?」
「う、うん……。でも……律くんにもあまねくんと同じ事言われちゃったし……。ちょっとおとなしくしてようかなって……」
「それだよ。何で律に相談なんてするの?」
「え!?」
「俺がまともに話聞かないから、律にしたんでしょ? それに律の言うことなら聞くんだ」
えぇ!? そこ!?
目線をふいっと逸らしてご立腹な様子のあまねくん。
「いや、別にそういうわけじゃ……。何か悩みがあるの? って聞いてくれたから」
「律はいつもそうだよ。まどかさんに甘い。でもね、まどかさんのこと甘やかしていいのは俺だけなんだよ!?」
「え? あ、はい……」
甘やかされたかな? 何か趣旨が変わった気もするけれど……。むくれた彼にそんなことは言えない。
「だから、律に相談するくらいなら、ちゃんと解決するまで俺が付き合うから。もうその話は律にしなくていいよ」
「……わかった」
私を病院に連れていってくれた律くんへの感謝はあるけれど、悩み事を相談するのはダメなのね。
色々覚えておかないと……。
「ねぇ、あまねくん? もう、律くんには相談しないけどさ、やっぱりハイジさんまで巻き込まなくてもいいよ……。茉紀があんなに怒るくらいだからやっぱり聞かれたくなかったんだと思うんだ」
「うん、そうだろうね」
え、冷た!
とても冷ややかな声でそんなことを言うものだから、私だけがなんだか非常識なように思えて切なくなった。
「……だから、あの。ちゃんとおとなしくしてます」
「まどかさんはそれでいいの?」
「うん……。また色々考えすぎてお腹痛くなっても嫌だし……」
「は!? それでお腹痛くなったの!?」
「いや、それが原因かどうかはわかんないんだけど……」
「まどかさん、勘弁してよ……。茉紀さんとハイジさんのことなんて後回しでいいんだよ。とにかく自分の体を大事にして」
「はい……」
結局またあまねくんにも怒られてしまい、私は小さくなって頷いた。
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