風雲児

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風雲児

 ショートカットの黒髪は、下3分の2が鮮やかな青色に変わっていた。前髪の分け目も真ん中から左側に変わっているし、メイクは茶色を基調に濃い目に施されている。  中性的な格好よさである。笑えば女性らしくもあり、無表情で雑誌を捲っていれば美しい男性に見えなくもない。  ただ、やはり律くんには似ている。そしてメイクを濃くした途端、ダリアさんにも似ている。更に笑顔はあまねくんに似ている。  全てにおいて反則だと思うのだ。この世にこんなにも美しい人間が存在していていいのだろうか。  厚手のグレーニットに黒のスキニーパンツ姿の奏ちゃん。スタイルの良さが引き立つ、引き立つ。どんだけ足長いんだよ。 「ねぇ……また綺麗になった?」  リビングのソファーでファッション雑誌を開いている彼女の隣に座り、私はずいっと顔を近付ける。 「……何? 気持ち悪いんだけど」  そんな悪態をつく義妹。眉をひそめてこちらを向くが、瞬きする度に長い睫毛がバサバサと動いてそちらにばかり気を取られてしまう。 「メイクが変わったの? 髪型だけじゃないよね? 綺麗だなぁ……」 「……見すぎ」  美しいグラデーションの瞼をじっと眺めていたら、気まずそうに目を逸らされてしまった。横を向くと鼻筋がすっと通っていて、顎のラインはとてもシャープ。  この子には二重顎なんて無縁なんだろうなぁ……。首も細いし、二の腕もこんなに細い。  ニットの上から二の腕を握り、細さを確かめる。 「……さっきから何なの?」 「何か、見る度に綺麗になってくなぁって思って……あ、恋をしてるからか」  思い付いたかのようにそう言えば、奏ちゃんは顔を真っ赤にさせて「は!? そんなんじゃないし!」と言っている。  本日は火曜日で守屋家にはダリアさんとおばあちゃんと奏ちゃんと私だけ。お義父さんと律くんは当然仕事中であり、あまねくんもいなくて暇な私は時々こうやって守屋家にやってくる。  奏ちゃんが帰ってくるのはお正月以来のため、会いに来たところである。  伊織くんとの食事会から10日程経つ。あれから奏ちゃんに影響はなかったかと気が気でなかった。こうして一度会えてよかった。 「古河先生とは会えてるの?」 「……うん。向こうが休みの時は東京まで来てくれるし」 「そっか。順調ならよかった。それより、番組見たよ! 奏ちゃんの特集のやつ。ギャル時代のもあったけどさ、パリのコレクションの映像も流れて感動しちゃった!」 「ああ、うん。結構反響凄くてさ、おかげで色んな番組決まったの」  奏ちゃんは嬉しそうにふっと笑う。伊織くんのせいで落ち込んでたらどうしようかと思ってたけど、それはなさそうで安心した。 「そうなんだ! よかったね!」 「うん。今日の休み終わったら暫く休みなくずっと収録と撮影なんだ。だから今の内に帰っておこうと思ってさ」 「そっか……でもよかったの? せっかくのお休みは美容院とかショッピングとかしたかったんじゃないの?」 「ああ、うん。数日前に番組の企画でショッピングさせてもらったし、髪は雑誌の撮影の時にやってもらったばっかりだから」 「あ……じゃあ、この髪色は雑誌のやつなんだ……」 「うん。似合う?」 「似合うよ! 格好いいよ!」  奏ちゃんの腕を掴んだままそう言えば、「あっくんとどっちが格好いい?」そんな事を言いながら、うっすらと笑みを浮かべる。  それが、意地悪を言う時のあまねくんに少し似ていて、心臓がどくんっと脈打った。かあっと顔が熱くなり、自分で紅潮するのがわかる。 「……何、照れてんの」  奏ちゃんは、私の頬をつつきながら自分も照れたように目を背けた。 「ちょ、ちょっとあまねくんに似てて動揺しました……」 「前はりっちゃんに似てるって言ってなかった?」 「う、うん……。あまねくんと律くんってそんなに似てないって思ってたけどさ、奏ちゃん見てると時々あまねくんにも似てるなって思うんだよね」 「へぇ……じゃあ、私が男だったらあっくんじゃなくて私を選んだかもしれないね」 「へ!?」  突拍子もないことを言うものだから、私はつい間抜けな声を上げ、彼女は声を上げて笑った。
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