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「でも、私は妹が欲しかったから今のままでいいなぁ」
私がへらっと笑ってそう言うと、奏ちゃんは目を真ん丸くさせて「ああ、そう。……まあ、私も男兄弟ばっかりでうんざりしてたから今のままでいいけど」と言った。
「ああ、そう言えばさ、間宮さんがお義姉さんによろしくお伝え下さいって言ってたよ。知り合いなの?」
奏ちゃんは思い付いたかのようにそう言う。不意に伊織くんの名前が聞かれてドキリと胸が跳ねた。
奏ちゃんが、昔私がテレビ関係の仕事をしていたと話していたと彼が言っていたが、奏ちゃん側は何て聞かされているのかを知らずにいた。
「え? あ、うん。むかーしね、まだテレビの仕事をしていた頃。収録で会った事があるんだ」
「そうなの!? 昔、俺もお世話になったことがあってって言ってたから……」
「お世話って程じゃないんだよ! 向こうはまだバイトの子で、ちょっと話したことあるくらいなんだから!」
「何ムキになってんの。実は今回の仕事、ほとんど間宮さんが紹介してくれてさ」
奏ちゃんは笑いながらそんなことを言う。
「え……? いつ?」
「んー、1週間くらい前かなぁ」
「い、1週間!?」
私は身を乗り出して声を張り上げた。1週間前といったら、私が伊織くんの連絡先をブロックした後だ。てっきり奏ちゃんに嫌がらせをするものかと思っていたが、仕事が増えたと言うのはどういうことだろうか……。
「うるさいなぁ……。何かあったの?」
奏ちゃんは、人差し指を耳の穴に突っ込んで顔をしかめている。私の声が余程うるさかったようだ。
「ご、ごめん……。いや、特に何もないんだけど……伊織くん、他に何か言ってた?」
「え!? 伊織くんとか呼び合う仲なの!?」
「な、仲っていうか、出会った頃は向こうもバイトの男の子だったし。今みたいな立場じゃなかったからね」
「ああ、そうか……でも不思議。間宮さんって私の中ではもうお偉いさんって感じだから」
「まあ……そうだよね。番組作ってる人だもんね。嫌なこととかされてない?」
「ん? 何でそんな事聞くの? 間宮さんいい人だよ」
「そ、そう……。特に意味はないんだけど、なんか仕事あげる変わりにご飯に誘われたりとかありそうだなあって思って」
「あー……ご飯くらいはあるよ。皆で一緒にだけど。間宮さん、私なんかよりも人気の女優とかと仲良いから私は特になにも」
「そ、そう……」
近衛真緒美とかね……。私は顔がひきつりそうになるのを必死に抑えた。
「あ、でもよかったら今度はお義姉さんも一緒に食事でもどうかなって言ってたよ」
「は!? それはいつの話?」
「ん? 最近だよー。お義姉さんと仲良くていいねぇって。私のことも、俺にとっては妹みたいなものだから、仕事のことも任せてよって言ってくれたし」
「そ、それは……」
多分、奏ちゃんが思ってる妹みたいなものとはかけ離れている気がする……。あの人、全然懲りてないし……。
それどころか今度は奏ちゃんを使って誘いだそうとする始末。油断も隙もあったもんじゃない。
「誰にでも優しいからすっごいモテるけどね。彼女いないって噂だけど、あんなに可愛い子達と毎日一緒にいても恋愛に発展しないもんなのかね」
「さ、さあ……。芸能界のことはもうよくわからないし。義妹をお願いしますって言っておいてよ。食事は行かないけど」
「行かないの? 色んな芸能人くるよ?」
「い、いい! 私、あんまり芸能人興味ないから」
「へぇ……まどかちゃん、そういうところ変わってるよね。周りは皆、誰々さん紹介してー! ってきゃっきゃしてるよ」
「あのねぇ……私一応新婚だし。子供もいるし」
「別に男だって言ってないじゃん。中には憧れの女優さんに会いたいっていう女の子もいるし。私だって会えることなら、遠野芽郁に会ってみたいよ!」
そう言って奏ちゃんは目を輝かせている。遠野芽郁は、世界的にも有名な日本人のスーパーモデルだ。現在40歳程になるが、日本人モデルなら誰もが憧れを抱く女性。
パリのコレクションに出場したばかりの奏ちゃんにとっては、そこを目指したい人物でもあるのだろう。
「まあ、奏ちゃんみたいに夢がある子はね。私はいいの。その辺の俳優さんよりもあまねくんの方が格好いいし」
「……それ、本人に言ったら泣いて喜ぶよ」
「想像つくから言ってあげない」
私がそう言えば、同時に声をあげて笑った。
「とにかく、私のことは何か言われても流しておいて。もう過去の人だから関わりたくないの。あまねくんも他の男の子が関わると不機嫌になっちゃうからさ」
「あー……。察するわ。わかった。それとなく断っておく」
「でも嫌がらせされるようなことがあれば言ってよ!? 私が怒鳴り込んでやるから!」
「何であんたがそんなにムキになんのよ」
奏ちゃんはそう言って笑うが、本当に大丈夫だろうか。私とあまねくんが既に接触していることは伏せておこうと思った。伊織くんも、自分に非がある限り、あの夜のことは自ら言わないだろう。
別ルートを使ってまたも接触を試みる伊織くんにただならぬ執着心を感じるのだった。
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