風雲児

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2月2日 日曜日 16:00  からっ風が吹き抜ける中、千愛希さんが勤める会社の社長主催のホームパーティーは始まった。  あまねくんの繁忙期とあって、奏ちゃんが言ったように中々予定が合わずにいた。結局日曜日にとなったものの、社長さんの方が急遽打ち合わせになったりと何かと阻まれることが多かった。  毎日残業で遅くなるあまねくんの帰りを待ちながらも、平穏な日々は続いていた。  奏ちゃんから伊織くんの話を聞いたが、私から連絡先をブロックしている以上直接連絡を取ることは不可能である。  トラブルに巻き込まれることもなく、おみくじの凶を感じることもなくこの日はやってきた。  律くんの車に乗り合わせて指定された家に向かう。社長さんの家は駿河区の広い敷地内にあった。守屋家の規模にも相当驚いたが、それを凌駕する大きさの一軒家である。  ヴィクトリアン調というのだろうか。外観も内観もまさにヨーロッパ。それも歴史映画にでてきそうな豪華なつくり。  唖然として中を見渡していると、一部ガラス張りになっていて、真っ赤なスポーツカーが停まっていた。  まるでオブジェのように家の中にあるみたいだ。  更に驚かされたのが、社長さんである。勝手に4、50代のおじさまを想像していたのだけれど、迎え入れてくれたのはどう見ても私と同世代の男性。  あれ? 息子さんかな? なんて思ったけれど、小さいお子さんがいると言っていたしまさか……と思いこっそり千愛希さんに尋ねれば、社長さん本人だったわけだ。  そして、なんと私の1個上だと聞いて驚愕する。全てが思い描いていたものと違いすぎて、私は既についていけそうになかった。  それも今時の爽やか青年であり、金持ちの余裕か、清潔感かわからないが品の良さが伺えた。聡明そうな瞳と綺麗にセットされた黒髪。似たような若い政治家がいたような気がする。  律くんと並んでいると、さらっと「大学の先輩なんだ」なんて紹介されてもおかしくはないほど。  ギャル時代の奏ちゃんのファンだったと聞いていたため、奥さんも派手目な方かと思いきや、ショートボブの可愛らしい方だった。  大きな瞳とふっくらとした涙袋が可愛さを引き立たせている。まさかの可愛い系。おそらく外見で好きになったわけではないとは思うけれど、男性の好みはわかりませぬ。  小柄で華奢な奥さんは、3歳になる子供を抱っこしており、お腹は大きかった。  簡単に自己紹介を済ませ、豪華なダイニングの席につく。まるで先日あまねくんと泊まった高級ホテルのスウィートルームにいるような気分になる。  規模はもちろんあの一室の比ではない。  丁寧に私用のノンアルコールカクテルを用意してあり、皆でシャンパングラスを掲げて乾杯した。  なんだろう……。伊織くんの時とは違う、この上品なお食事会は。気を遣って、あの時とは別の意味で硬くなる。 「本日はお越しいただきありがとうございます。中途半端な時間となってしまいましたが楽しんでいって下さい」  そう言って社長さんは爽やかな笑顔を向けた。同世代で年商何十億も売り上げているやり手だなんて思うと、自分がなんともちっぽけな存在に見えた。  しかし、そんな私を卑屈にさせない程、社長さんも奥さんも人の良さそうな笑顔を振り撒く。本来、交流会とはこういうものなのかもしれない。 「まどかさんも今日は来て下さってありがとうございます。お会いできて光栄です」  不意に社長さんに話かけられ、動揺する。慌てて「こちらこそこんな素敵なお家に招待していただきありがとうございます」と頭を下げた。 「土浦には、昔からまどかさんの素晴らしさについて聞かされていましてね」  社長さんはおかしそうに笑いながらそんな話をする。土浦とは千愛希さんのことだ。苗字で呼ばれるとあまりピンとこない。けれど、そんなことよりも私は顔が熱くなるのを感じてなんと答えていいのか戸惑う。 「ぜ、全然素晴らしくなんてありませんよ。千愛希さんが応援してくれているのは嬉しいんですが……」 「いやいや、俺も覚えていますよ。なんたって同世代ですからね。当時は社内でもまどかさんの話題で持ちきりでした」 「そ、そうですか……」  こんなに話題にされては、またあまねくんが機嫌を損ねかねない。隣を横目で見ると、じっと目を細めているあまねくん。  やっぱり……。早くこの話切り替わらないかなぁなんて逃げ道を探していると、社長さんが「はい。周さんの話も聞いていますよ。とても素敵な夫婦なんですね。お似合いで羨ましいです」とあまねくんの方を見ながらそう言った。  あまねくんは、きょとんと目を丸くした後ふっと柔らかく微笑んで「ありがとうございます。そう言っていただけると、俺も嬉しいです」と言った。  ……この人、有能だ。私は早くも高いコミュニケーション能力を見せつけられたような気がした。
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