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食事会は19時をもってお開きとなった。栞さんも今から朔斗くんをお風呂に入れて寝かしつけるという。
私は栞さんと連絡先を交換し、時折大崎さんとも会話をしながら楽しい時間を過ごせた。
運転手の律くんは、始終ノンアルコールビールを飲んでいた。私とあまねくんを先に家まで送り、今から千愛希さんを送って奏ちゃんと帰宅するようだ。
奏ちゃんはお邪魔だから先に降ろしてくれればいいと言っていたが、律くんが二度手間が嫌だということで、この順番となった。
どうやら律くんは、千愛希さんと2人きりのドライブを楽しむことよりも、効率が悪いのが嫌な方が勝るようだ。律くんらしいといえば律くんらしい。
律くんの車に手を振ってから、私とあまねくんは家の中に入った。
「律くん、お酒飲めなくて残念だったね。私が運転すればよかったかな」
「そんな危ないことさせられないよ!」
私が気遣ってそう言えば、あまねくんは眉を吊り上げて私に詰め寄った。
「ま、まあ……確かに弁護士さんと税理士さんととんでもないアプリを作る人に人気モデルまで乗せて運転するには荷が重いけど……」
「そうじゃなくて、お腹の子になにかあったら困るでしょ。何かの衝撃でシートベルトが食い込むこともあるかもしれないし。お腹も出てきてるんだから気を付けないと」
「まぁ、そうだけど……。でもあんな大物達を乗せて事故にでもあったら損害賠償とかとんでもないことになりそうだなぁって思って……」
「大丈夫だよ。律も奏もそう簡単には死なないから。千愛希さんも多分大丈夫。不死身そうだもん」
「もはや悪口」
さらりとそんなことを言いながら上着を脱ぐあまねくん。確かに最強なメンバーだけど、あの人達だって普通の人間です。
「律から言い出したからいいんだよ。どうせ酒飲んだところで変わんないし」
「律くんお酒強いの?」
「かなりね。家の中でも一番強いんじゃない? いや、ばあちゃんかな……」
「えぇ!? おばあちゃん!?」
「うん。かなり酒豪だったよ。今でこそ糖尿病もあって酒飲まなくなったけど。4年くらい前まではまだ頭もわりとしっかりしてて、膝も悪くなかったからさ。チャリで酒屋まで行って日本酒とか買ってきてたよ」
「嘘でしょ!?」
あの上品なおばあちゃんからは想像もできない。それに4年前なんて最近だし。
「ほんとほんと。いつか健康ランドに連れてってやったことがあってさ、風呂入る前にとりあえず飯食おうってなって食堂行ったの。店員さん呼んで第一声なんだと思う?」
あまねくんは思い出し笑いをしながら私にそう尋ねた。
いつものおばあちゃんを思い出す。甘いものが好きで、食事に対しての好き嫌いはない印象。気品はあるけど、第一声ってなんだろう。
「えー……まずはおしぼり下さいとか?」
「でしょ? まだメニューも開いてないんだよ? しかも風呂入る前。第一声、とりあえず生で、だったんだよ」
あまねくんはそう言ってゲラゲラ笑う。私もあのおばあちゃんが店員さんに生ビールを注文している場面を想像して、吹き出した。
「ちょ、ほんとに!?」
「本当だって! 律もいたんだけど、俺等耳疑ったからね」
「待って、おばあちゃんのイメージが!」
「ヤバいでしょ? 今でも時々風呂上がりにビールでも飲みたいねとか言うらしいの。ビールはノンアルで誤魔化せるけど、焼酎とかウィスキーとか言い出すこともあるから困るって律も言ってたよ」
「えー! そんなこと言うおばあちゃん想像できないんだけど」
私はあまねくんと一緒になって腹を抱えて笑った。
「そういうところあるからね。だから律が酒強いのは、ばあちゃんの血だと思うんだよね。奏も全然酔わないからね」
「守屋家は皆強いんだね」
「んー、でも母さんは普通かなぁ? 父さんはかなり強いけど。だから、俺も酒に慣れるまでちょっとかかったし」
「ああ、そっか。ハイジさんに鍛えられたんだもんね」
「あれは鍛えられたと言うより、半ば拷問だったけどね。おかげで俺も強くなったけど」
「じゃあ、あまねくんは完全にダリアさん似だ。顔の作りは3人ともダリアさんなのにねぇ。不思議」
「まあ、そうだね。俺は父さんに似たかったけどなぁ……」
中性的なお顔を気にしているあまねくんは、右頬を手で擦りながら言う。
「えー、いいよぉ。私、あまねくんの顔好きだもん。この顔見られなくなったら困る」
そう言って手を伸ばして彼の頬を両手で挟んだ。バッチリと目が合うと、彼は一瞬瞳を大きくさせ、次の瞬間ふっと微笑んだ。
「まどかさんいつもそう言ってくれるよね。この顔あんまり好きじゃないけど、まどかさんが気に入ってくれるならいいかなぁ」
あまねくんはへらっと笑って、私の手の上に、自らの手を重ねた。そのまま中腰になり、触れるだけのキスをしてくれるのだった。
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