風雲児

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2月13日 木曜日  早朝、朝食を作るために冷蔵庫の中を眺めていた。昨日作ったサラダと鍋の残りがある。  残り物でもいいってあまねくん言ってくれるかな?  うーん、卵くらい焼いた方がいいかなぁ。  あれこれと考えていると、お腹の中で動き回る我が子。最近は、ポコポコなんて可愛らしいもんじゃない。ずっと動き回っているんじゃないかというほど激しく動いている。  これが今後もっと激しくなってお腹を蹴ったりするのだろう。微笑ましいのと同時に痛くないかなぁなんて不安も募る。 「おはよう」 「ひゃぁ!」  突然後ろから抱きしめられ、お腹に手を回された。冷蔵庫のドアが死角になってあまねくんがいることに気付かなかった。  いつもならあと30分は寝ている彼。その彼の気配を急に感じたものだから、私は飛び上がって変な声を上げた。 「可愛い。……あれ!? 動いてる……」  赤ちゃんも不意討ちだったのか、今まであまねくんが触ると動かずにじっとしていたのに、そのまま動いてしまったようだ。  あまねくんは黙ったまま、ずっとお腹に手を当ている。赤ちゃんはあまねくんに気付いていないのか、お腹の中で動き回っている。 「……凄い、活発」  後ろから私の肩に顎を乗せたあまねくんは、驚いたようにそう呟いた。 「ふふ。ようやく胎動感じることできたね」 「ほんとだよ。だって、俺が触ると全然動いてくれないんだもん」  あまねくんがいつもの声で言うと、赤ちゃんにあまねくんの声が届いたのかぴったりと動きを止めてしまった。 「え……? 何で?」 「ふふ……」  あまねくんと赤ちゃんのやり取りが可愛すぎて、私は肩を震わせて笑う。 「ちょっと、まどかさん。笑い事じゃないよ。俺、パパなんだよ」 「そうだね。何でだろうね? 恥ずかしいのかな?」 「恥ずかしい? 何で?」 「んー? 大好きなパパが近くにくると照れちゃうのかもしれないね」 「えー……じゃあ、絶対女の子じゃん」 「何でそうなるの」  どうしても女の子にしたいあまねくんは、何かと理由をつけてはそんなことを言う。 「赤ちゃん、パパだよ。生まれて来たらいっぱい遊んであげるからね」  あまねくんがそう言いながら腹部をさするが、赤ちゃんは動かない。 「遊んでもらうの嫌なの? 嫌がると、パパがママのこと独り占めしちゃうよ」 「もー、そんなこと言ったって……」  笑いながらそう言うと、お腹の中でぼこぼこと動く。 「わっ!」  私が驚いて身を引くと、後ろにいるあまねくんが胸で体を支え「はは、怒ってる」と私の耳元で笑った。 「怒ってるの?」 「怒ってるでしょ。赤ちゃん、ママはパパの奥さんさんなんだよ。パパと遊んでくれないなら、ママと遊んじゃうからね」  お腹に向かってそう言うと、また激しく動く。 「ちょ、本当に怒ってるみたいじゃん」 「はは、可愛いね。うわー、生きてるって感じするね。やっばい! 嬉しい!」  そのまま後ろからぎゅーっと抱きしめられ、頬擦りをされる。ドアを開けっ放しの冷蔵庫は、ピー、ピーと高い音を立てた。 「よかったね、パパ」 「うん。こんなに動くともうすぐって感じするね」 「まだあと3ヶ月もあるよ?」 「じゃあ、これ以上動くようになるの?」 「そうじゃない?」 「お腹大丈夫?」 「さすがに蹴破って出てきたりはしないから大丈夫だよ」  心配そうな彼に、尚も笑ってしまう。 「なんか、急にパパって感じしてきた」 「動いてるのわかるとね。次の検診で性別わかるといいね」 「絶対女の子だよ。ね、赤ちゃん? 女の子だよね?」  あまねくんが声をかけると、小さくポコポコと動いた。 「ほら、女の子だ」 「違うよの意味かもしれないじゃん」 「いんや、女の子。俺の勘がそう言ってる」  勘じゃなくて願望でしょ。その言葉は飲み込んだ。これで男の子だったらとんでもないショックを受けそうだ。 「はいはい。じゃあ、女の子の名前考えておかなきゃね」 「うん!」 「ねぇ、それより朝ご飯、昨日の残りでいい?」 「何でもいいよ。翌日の鍋、味染み込んでて美味しいし」 「じゃあ、すぐ(あった)めるね」 「うん! 俺、ハイジさんに電話しよー」  嬉しそうなあまねくんは、私を解放するとカウンターキッチンに置いてあったスマホを手に取り、操作する。  余程胎動を感じられたのが嬉しかったのだろう。思えば、初めて私が胎動を感じてから2ヶ月以上経つのだ。その間ずっと赤ちゃんがかくれんぼしていたのだから、嬉しくない筈がない。  微かに音が漏れるスマホは、ハイジさんを呼び出しているのだろう。暫くして「もしもし、ハイジさん!?」とあまねくんが弾むような声を出す。 「大変だよ、まどかさんのお腹が動いた」  こんな報告を朝一でハイジさんに報告するあまねくんが可愛くて仕方がない。 「5月5日だってば。俺とまどかさんの誕生日の間なんだよ? すごくない!?」  おそらく予定日を聞かれているのだろう。 「なんで夢のない話をするかな。もしかしたら、俺かまどかさんかどっちかの誕生日と同じになるかもしれないし。……え? 誕生日を祝う手間が省けるって、なんでそんなことしか言えないかなぁ。ちゃんとプレゼント用意してよね!」  あんなに嬉しそうだったあまねくんは、いつの間にかきゃんきゃんハイジさんと言い合っている。わかる、わかる。ハイジさんて、ちょっとイラッとくること言うんだもん。  そんなあまねくんの様子にまた笑みを溢し、赤ちゃんも笑っているかのようにまた動く。  私は、取り出した鍋を火にかけ、そっと冷蔵庫のドアを閉めた。
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