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朝から微笑ましい旦那さんの様子を見て、ほっこりしたところで彼を送り出す。明日はバレンタインデー。
去年はまだあまねくんと同居していなかった。彼の仕事帰りに会えるのを楽しみに、何を作ろうかと色々考えたものだ。
私自身もまだ仕事をしていたため、時間をみながらチョコレート作りに励んだ。今年は同じ屋根の下にいるし、温かいものを提供できる。
だからフォンダンショコラにしようと数ヶ月前から考えていた。
バレンタインデーの時期が近付くと、チョコレートも生クリームも売り切れてしまう。雅臣にバレンタインデーのチョコレートを渡す習慣のなかった私は、そんなことも忘れていた。去年はギリギリに買いに行ってどこもかしこもスーパーは売り切ればかりで困ってしまった。
今年はそんなことがないようにと早い内から用意しておいたのだ。
今日中に作っておいて明日の朝渡すか、明日あまねくんを見送ってから作って渡すか。悩ましいところだ。
出来立てのフォンダンショコラを食べさせてあげたい気もする。
オーブンから出したばかりのものが一番美味しいんだよなぁ……。でも、綺麗にラッピングして渡したい気持ちもあるし。
朝起きてチョコレートなかったら、あれ?ってなるかもしれないけど……仕事から帰って来てご飯前にチョコレートっていうのも……。
あー……一緒に住んでるとこれはこれで色々考えなきゃならないんだ。別々なら渡して終わりだけど、一緒にいたら食べるところまで見届けられるしなぁ……。
うーん……、どうしよう。全国の奥様方、どうしてます?
とりあえず材料を広げてみる。夜に作ったらあまねくんにバレちゃうし……まあ、バレてもいいし、一緒に作るのもありっちゃありなんだけど……。
結局私は悩んだ挙げ句、あまねくんが眠ってからこっそり作ることに決めた。いつ食べるかは彼に任せればいい。
どうせ一度寝たら目覚ましが鳴っても起きないし。
ということで、本日も残業で随分と遅くなった旦那様が死んだように眠る中、私はいそいそとフォンダンショコラを作った。
甘い匂いがキッチンいっぱいに広がって、あまねくんよりも先に味見をした。甘くてとろけて美味しい。きっと彼は喜んでくれるだろう。
バレンタインデーって楽しいな。10代の頃を思い出す。20代は前半こそ頑張ったけど、後半は全部臣くんといたからなぁ……。
ふと雅臣の日記のことを思い出す。自分が知らない内に愛されていたことを思い知らされた日記。
……臣くんもチョコレート欲しかったのかなぁ……。一瞬でもそんなことを考えてしまい、ぶんぶんと首を左右に振る。
私、最低だ。あまねくんのチョコレート作りながら臣くんのことを考えるなんて。
罪悪感を抱きながら、出来上がったフォンダンショコラの熱を冷ましていく。
もう忘れなきゃ。裁判始まった時にまた向き合えばいいんだから。あのまゆって子はどうなったかな……。臣くんは車椅子で移動できるくらいにはなったのだろうか。
別れようと決めたのは自分だけれど、下半身不随になることなんて望んでいなかった。
後輩にも、慕われていたが故に詐欺に巻き込まれるし、あの人も踏んだり蹴ったりの人生だと思う。更正して、まともに生きてくれたらいいとは思う。でも、そんなことを言ったらまた「まどかさんは甘い」ってあまねくんは怒るのだろう。
別に臣くんに幸せになってもらいたいわけじゃない。ただ、自分ばかりがこんなにも毎日幸せでいいのかと時々怖くなる。
周りの皆が皆、幸せなら私は心置きなくこの人生を楽しめるのに。
不意に浮かぶ茉紀と旦那さんの顔。あれからあの夫婦もどうなったのだろうか。きっとバレンタインどころじゃない。
「……不倫かぁ……」
一人ぼっちのダイニングで、顔を突っ伏して呟いた。このご時世、テレビをつければ不倫騒動ばかり。何も芸能人ばかりではないのだ。
あまねくんはきっとないだろう。そう思っていても、子供が生まれた後のことはわからない。
「ねぇ、赤ちゃん。人生って難しいね」
チョコレートの匂いが香る中、お腹を擦りながらそう言えば、なにかを訴えるかのようにポコポコと動いた。
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