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翌朝、いつもと同じ時間に起床した私は、あまねくんの目覚めを待ってからフォンダンショコラを渡した。
「バレンタイン! まどかさんの手作り!? そうだよね!? だって甘い匂いがまだ残ってるもん」
いつもならとろんとした目を擦っているあまねくん。ぱっちりと目を開いて嬉しそうに包みを受け取った。
「うん。今年はフォンダンショコラにしたんだ」
「フォンダンショコラって、中からとろって出るやつ?」
「そうそう。好きでしょ?」
「好き! 開けていい?」
「いいよー。今食べるの?」
「んー……」
あまねくんはごそごそとラッピングを解く。
包むのに何十分かかかったんだけどな……。
決して器用ではない私は、呆気なく登場した箱に、少し心がそわそわした。
「2つ入ってる! 1個今食べる。もう1個は帰って来てから食べる」
子供みたいなことを言う彼。可愛くて、思わず笑みが溢れる。
「じゃあ、ちょっと温めるね」
ケーキ用のお皿に1つのカップを取り出し、そのまま電子レンジに入れた。暖めを押して数十秒。
フォークと一緒に渡すと、彼は嬉しそうにフォークを刺した。中からとろっとチョコレートが出てきて、周りの生地に絡めて食べる。
「うっま……」
フォークをもったまま目を輝かせているあまねくん。朝一にこんなに甘いチョコレートを喜んでくれるなんて、あまねくんくらいかもしれない。
「よかった。ご飯も出来てるよ」
「うん。食べるよ。まどかさん、ここ座って」
「え!?」
あまねくんがぽんぽんと自分の膝を叩いて私を呼ぶ。こういうことはたまにある。
「はーやーくー」
朝から甘えん坊のあまねくんは手招きをする。仕方なく、傍まで行くとゆっくりと手を引かれて座らされる。
胸の下辺りを腕でがっちりホールドされて、背中にあまねくんの体温を感じた。
「はい、口開けて」
「え?」
「甘いよ。美味しい」
「ふふ、作ったの私だよ」
「うん。美味しいものと嬉しいことはまどかさんと共有したい」
眩しい笑顔を見せられて、完全に私の負けです。1つにまとめた髪が、肩にかかっており、それを背中に流してから口を開けた。
あまねくんの手からフォンダンショコラを1口もらい、とろとろの甘さは、口いっぱいに広がった。
「甘い」
「んね。美味しいね」
「ん」
「バレンタインっていいもんなんだね。俺、去年それ初めて知ったよ」
「え? いいもんじゃなかった?」
「うん。何か、朝から晩まで追いかけ回されて、名前も知らない子から待ち伏せされて、家の前にも列が並んで近所迷惑って怒られてさ……。断っても勝手に置いていかれちゃうし、中身確認するのも一苦労」
そ、それは……あまねくんだからだよね? 陽菜ちゃんみたいな子がたくさんいれば、もみくちゃにされて大変そうだ。
「女の子って何でバレンタインがこんなに好きなんだろって全然理解できなくてさ。ホワイトデーが地獄だったよ」
「はは……」
お察しします。
「全員に返すのとかもはや無理だからさ、皆に小分けのお菓子配っていいにしてた。律と揃って毎年のことだから母さんが気を利かせて大量のお菓子買い込んできてね」
「あー……。じゃあ、律くんと高校被ってた年が一番大変だったんじゃない?」
「あー……うん、そうかなぁ? あんまり覚えてないけど、律は甘いもの嫌いだから封も開けずに全部ゴミ袋に捨ててたけど……」
「おお……」
律くんの様子が目に浮かぶ。そりゃ、チョコレート嫌いな人にとっては嬉しくない日だよね……。
「でも、去年まどかさんに貰ってすっごい感動したんだよね。まどかさんの手作りっていうだけでも嬉しいのに、俺にだけチョコレートくれるんだよ?」
「そうだね。あまねくんが好きだからね」
「可愛い……大好き。バレンタインも大好き。まどかさんがチョコレート作ってくれるなら年に何回あってもいいね」
「過去の自分に言ってあげなよ」
「絶っ対やだ。バレンタインは俺とまどかさんのためにあるんだから」
私を膝の上に乗せたまま、嬉しそうにまたフォークを動かした。
朝から甘いチョコレートと甘いあまねくん。そんな甘い雰囲気に包まれて、1日はスタートする。
その日の仕事帰り、あまねくんが仕事で行く先々で押し付けられたと両手の紙袋いっぱいにラッピングされたチョコレートを持ち帰ってきたのは言うまでもない。
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