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待ち合わせをしたのは、和食屋のチェーン店。それぞれ現地集合し、予約をとっておいた個室に通された。
茉紀と食事をする時にはいつもここ! と決まっている店はない。ほとんど無計画の私達はいつだって適当だった。
まだ静岡市広報へ掲載される前は、お互い社会人になったばかりで不安もストレスもあり、ちょくちょく会っていた。
そんな時は決まってどちらかの車でドライブに行き、海へと向かう。プラネタリウムがある建物の駐車場に駐車して、いつまでも車内で愚痴を溢した。
会社の話、嫌いな上司、生意気な後輩、終わりの見えない残業、だらしのない彼氏、新しく気になっている男。などなど20代前半なんて腐るほど話題はあって、空が明るくなるまで話し込んだこともあった。
それなのに、車から降りて海を見に行くことはしない。生まれた時から海が近くにあり、いつでも行ける場所。珍しくもなく、毎年決まって海水浴に行く。海も港もそこらへんにあって、市を跨いだっていくらでも眺めることができた。海を見ていると心が落ち着く。なんていう人もいるけれど、近くにありすぎるとわざわざ波の音を聞きに外に出たりなんてしないんだ。
茉紀とこうして2人で食事するのは何年振りだっけ。私が一人暮らしをするようになってからは、茉紀が私の家にくることの方が多かった。それも今となってはあまねくんと新居にいるため、女同士の内緒話はできない。
わざわざ私を食事に誘ったということはあまねくんに聞かれたくはないのだろう。
ということは、やはり旦那と子供の話だろうか。
堀ごたつに足を垂らし、スマホを取り出した。〔もうすぐ着くよ〕と茉紀から連絡が入っていた。
返信しようと文字を打っているところにノックされ、「こちらになります」と店員さんの声が聞こえた。それと同時に現れる見知った顔。
「お疲れー!」
元気溌剌といった様子で片手を上げて入ってきた茉紀。相変わらず綺麗な格好に、バッチリと化粧をしている。子育てしながら20代前半の時と変わらぬ風貌をしているのだから、そこは尊敬しないわけがない。
「お疲れ。今日定時で上がれたの?」
「働き方改革ってやつね。あんなに残業だらけだったくせに、育休明けて戻ったら皆定時で終わってるだじゃん。びっくらこいちゃったよ」
茉紀は無造作にバッグを放り投げて、私の向かいに座った。
「今、どこもうるさいだね。私も働いてた時には残業当たり前だったけんな」
「有給も積極的に取らせてくれるし、なんだか変わっちゃって気持ち悪いくらいだよ」
「へー。昔は、有給なんて全部捨ててるって言ってたに」
「ねー。時代だねぇ」
そう言いながら、茉紀はメニューを開いた。私もお昼を適当に済ましてしまったため、お腹ペコペコだ。
「それでも仕事忙しい?」
「あー……そうだね。あんたんとこのかなんせいんじゃん」
「奏ちゃん?」
「最近凄くない? 色んな雑誌出てるよ」
「ああ、うん。今日も初めてCM見たよ」
「あー! 私も! 本当なら、親友の義妹でさぁって自慢でもしたいところだけんさ、かなんせが載ってる雑誌が今売れ過ぎててうちの雑誌あんまり売れんだよ」
「え? マジか……」
「あの子の経済効果、半端ないよ。ありゃ稼ぐわ」
「へぇ……まあ、奏ちゃんが人気出るのは嬉しいけどね」
「まあ、そりゃ私もあんたの義妹となりゃ嬉しいけんさ、こっちも一応ファッション雑誌だからさ。新規の企画考えなきゃいけなくて大変だよ」
「育休明けで早速そんなことしてるだ?」
「そこは相変わらず容赦ないだよね。上司は変わらんしね」
茉紀はそれから「私、刺身定食。あんたは?」と続けて私にメニュー表を向けた。
店の中にいても寒さを感じる私は、煮込みうどんを注文し、茉紀との会話を戻した。
「あんた、役職外れただ? 副編集長だったよね?」
「ああ、今代行の後輩がいるから戻るよ。結構ミス多いみたいでさ。戻ってきたら居場所ないかなぁなんて心配したけん、後輩がポンコツで感謝ですぅ」
茉紀はふざけて両手を合わせて、表情を崩した。まるでひょっとこの面のように口を突き出している。
「悪い先輩だな」
私は、久しぶりの学生のようなノリに、ゲラゲラと笑ってしまった。色々考えていたのが嘘のように茉紀と自然に会話ができている。きっと茉紀が無理している様子もなく、思っていた以上に元気そうだったということも関係しているのだろう。
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