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店員さんが暖かい緑茶とポットを持ってきてくれた。それぞれ湯飲みを持って、会話は続く。
「そんで、あんたはどぉだだ? あまねとの新居は」
「ああ、うん。だいぶ慣れてきたよ。もう2ヶ月は経つもんね」
「ハイジさんが言ってたよ。まどか好みの家だったって」
「え!? いやいや、リビングくらいだよ!? バスルームとか寝室はあまねくん好みだし!」
「えー? どうせ甘やかされて好きに選ばしてもらったじゃないだ?」
「ま、まあそうだけんさ……そんだけん、ちゃんとあまねくんの好みも取り入れたって! 今度見てみ?」
私が声を張ると、「そんなにむきになんなくても」と茉紀は笑って言った。
「子供は?」
「もう動くよ。この前検診言ったら女の子だった!」
「お! やったじゃん。やっぱ最初に女の子の方がいいよ」
「お姉ちゃんの子が男の子だったからさ、お母さんに電話したら一気に男の子も女の子も見れるなんて夢みたいだってはしゃいでたよ」
「そりゃそうだわ。それで、あんたの予定日いつだっけ?」
「こどもの日」
「へー。誕生日同じになるかもね」
「うん。あまねくんも誕生日近いし」
「ああ、そうだったね。そりゃ、誕生日会3人まとめてできるからいいね」
「ちょ、ハイジさんと同じこと言うわけ?」
「ははっ、皆考えることは同じってこんだね」
茉紀はおかしそうに笑い、お茶を一口すすった。つい先日、あまねくんがハイジさんに電話をかけた時、同じような会話が聞こえてきたのだ。
出産予定日はあくまでも予定日だし、前後したら本当にどちらかと同じ誕生日になるかもしれない。
「それより、あまねくんが不思議なこと言ってさー」
私は、あまねくんが夢で子供の写真を見たこと、女の子だと当てた事を話して聞かせた。しかし、茉紀は然程驚いた様子もなく「そういうことあるよね。うちもさ、光輝が3歳くらいの時に不思議なこと言ってたよ」とふっと口角を上げた。
「光輝が?」
「そう。私が直接体験したこととかはないだけんさ。光輝が絵を描いてて、何か風船みたいなの。何描いてんのって聞いたらママだよって言われたんだ」
「ん? 何それ?」
「何それだら? 私もわけわかんなくてこれがママ? って聞いたら、この中にママがいたんだよって。ママがおいでおいでしてたからそっち行ったんだよって」
「夢の話?」
「んーん。本当の話だってさ。子供は親を選べないとか言うけんさ、選んできたのかなぁって考えたら可愛くてしょんないっけ」
「え!? 嘘だら?」
「さぁ? 今6歳になったけん、もう何も覚えてないだって。おれ、そんなこと言ってないよって変顔してたからね」
顔をしかめて舌打ちする茉紀。だんだん生意気になってきたと言っていたことを思い出した。旦那さんと公園にいた時にはそんなふうに見えなかったが。
「忘れちゃったってこと?」
「どうだろうね。本当だか嘘だか知らんけん、まあそういう不思議なこともあるんじゃない? 麗夢がそういうこと言うかどうかはわからんけん」
「麗夢もう歩く?」
「歩くよ! 小走りくらいならするでね」
「えー……この前まで赤ちゃんだったじゃん」
「まあ、今でも赤ちゃんよ。だけんもう何でも食べるよ。すげぇ食うから」
「え……それは茉紀に似たんじゃない?」
茉紀は細いくせによく食べる。私も食べる方だとは思うが、それ以上に食べる。それでも全く太らないのだから得な体質だ。
「それは言えてるかも。まあ、その内また連れて遊びに行くよ」
茉紀がそう言ったタイミングで、店員がやってきて、刺身定食が運ばれた。
「おー、美味しそう」
他人が注文した食事はどうしてこうも美味しそうに見えるのだろうか。まあ、理由はそれだけではなく、生ものを控えていることもある。出産したら心置きなくお刺身が食べられる。そうわかっていても、目の前のお刺身が美味しそうに見えて仕方がない。
「あ……ごめん。あんた妊婦だっけね」
「今その話してたよね? いいよ。あと3ヶ月すれば食べれるし」
茉紀を恨めしく思うほど、大好物なわけではない。どちらかと言えば、お肉の方が好きだし。
「まあそうだね。だけん、離乳食完了すると同じもの食べたがるからさ、最初はあんまりうちも食卓に出さなかったよ」
「そうなの?」
「うん。光輝も3歳まではやめといた。アレルギー出ても嫌だしさ。アイツがくれたがるから止めるの必死だったけど」
なんて嫌そうな顔をする。茉紀がアイツと言えば旦那さん。
その内に私の煮込みうどんも運ばれてきて、扉は完全に閉められた。
店員がやってくることのない静かな空間ができると、茉紀は改めたように「色々心配かけて悪かったね。私、離婚することにしたわ」と言った。
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