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いつまでも笑っている茉紀に首を傾げると、「それでさっきあんなこと言ったのか」と納得した様子だった。
「ハイジさんが、離婚のことをまどかが知るとまた騒ぐからとりあえずはない方向で話すわって言ってたんだよね。私も、あんたが旦那と公園で会ったことも聞いたよ」
「聞いたの!?」
「うん。ハイジさんに卵投げ付けたこともね」
そう言って茉紀はゲラゲラ笑っている。
「ちょっと、笑い事じゃないよ。私、本当に心配してただよ? だけんあの男、飄々と自分の言いたいことだけ言ってきてさ。あったまきちゃったもんで買い物袋投げ付けただじゃん。本当はぶん殴ってやろうかと思っただもんで」
「……あんた、とんでもない女だね」
「そりゃこっちの台詞だよ。こっちは何も聞かされてないのにあんな刺客を送り込んでくるなんて」
「刺客って……。悪かったと思ってるよ。だけん、安定期に入るまでは止めておこうと思っただよ」
「それも聞いたけんさ。私は逆にあんたとハイジさんを疑ったよ」
「ああ、うん。そうだろうなと思ったけんね。でも残念ながら向こうは全くその気はないでね」
「忘れられない人がいるって?」
「ああ、うん。瑠羽さんね。私も話だけは聞いたよ。ちょっと羨ましいけどね。そこまで好きになれる人がいて」
「茉紀だって旦那さん、そうだったんじゃないの?」
「そりゃ付き合い立てはね。私から猛アタックしたし。それも、今になって思えば何であんなのにしたかなぁ……。もっとエリートのイケメンもいくらでもいたのに」
「昔からあんた、王道のイケメンより、ちょっとダメな人好きじゃん」
「それね。なぜかダメンズに惹かれたのよ。きっと母性本能だらね。だけん、子供が生まれたら、やっぱ子供にいくもんだね。あの子っちに父親がいなくなるのが可哀想だと思ったけん、悪影響な父親ならいない方がマシって考え方改めたんだよね」
話ながらもそこそこのスピードで刺身定食は減っていく。私もうどんがのびる前に食べてしまわなければと必死だ。レンゲをつかってとろみのある汁を飲む。出汁がきいていて美味しかった。
「その感じだと向こうの親も納得はしないでしょ?」
「そりゃね。だけん、私も雅臣とあんたの一件で色々学んだわけ。決して他人事じゃなかっただよ」
「どういうこと?」
「ハイジさんにも協力してもらってさ。義父の不倫現場の証拠写真を押さえた」
「は!?」
「向こうの母親、不倫なんてされるような女なんだからあなたに文句言う筋合いなんてないのなんて言ってきたわけ。今まで散々子供預りたいから、腰低くしてきたけんさ。今は実家に子供っちと一緒にいるから」
「そんなこと言われたの?」
詳しく話を聞くと、麗夢の母乳の件で義母と揉めて一旦仲直りをしたのは本当で、その後も騙し騙し良好な関係を保ってきたらしい。しかし、旦那さんの不倫が発覚したことで、子供達は旦那さん側の実家に閉じ込められて、向こうの親とも関係は悪化。
ハイジさんが言った通り子供達が手がつけられない状態になってから、ようやく茉紀の元に帰って来たそうだ。
旦那さんは、茉紀のもとに渋々謝りにきたが、今回ばかりは離婚を言い渡した。それなら親権は旦那さんへという主張をされて泥沼状態。そんな2人を見て、完全に息子擁護の母親がそんな毒を吐いたというわけだ。
「だからあんたも不倫されてんだよって証拠を掴めばおとなしくなると思ってね。アイツの浮気癖は父親譲りだね」
「よくそんなもん撮れたよね……」
「それを言うならあんたもね」
ああ、そうでした。雅臣の車内でのキスシーンを上手に隠し撮りしたのはこの私だ。
「それで、これからどうすんの?」
「律くんかあまねパパ紹介してくんない? 弁護士立てようと思って」
「それがいいね。私もまだ臣くんのことそのままだけど」
「まだ片付いてなかっただ?」
「うん。動けなくなった精神的ダメージが大きいのかもね」
「自分はあまねのこと殺そうとしたんだから自業自得だよね。あーあ、まさか私まで弁護士雇うことになるなんて思ってなかったなぁ……」
茉紀は大きな大きな溜め息をついた。
「そんなの私だってそうだよ。でも困った時の弁護士頼みだよ。律くんが前に、弁護士雇うなら知り合いのツテで信用できる人の方がいいって言ってたしね。ちょっと話してみるね」
「うん。頼むよ」
「このまま実家に住むの?」
「そのつもり。麗夢もまだ小さいし保育園のお迎えとかもあるからさ」
「おばさん怒んないっけ?」
「あー、離婚自体にはね。逆になんでもっと早く別れて帰ってこないのって怒られたわ」
茉紀はおかしそうに笑っている。そういえば、昔から茉紀に対して理解のあるお母さんだった。何度も茉紀のために、学校に謝りにいっていたくらいだ。
父親の方は穏やかでおとなしく、ほとんど怒ることがないと言っていた。
「じゃあ、子供みててくれるだね」
「うん。まあみててくれるって言っても2人ともまだ働いてるで、保育園のお迎えくらいだけんね。それでもご飯出てくるから楽だよ」
「それね! 私もたまに実家帰ると思う。お父さんうるさいから、あまねくんちの方が居心地いいんだけどね」
「それが不思議だわ。あまねんち家族どんだけいい人っちなわけ?」
「感激するよ。やっぱ相手の親との相性大事だなって思った。あんた見てても思うもん」
「私も、あん時結婚やめときゃよかったんだよなぁ……」
「でもそしたら麗夢生まれなかったよ?」
私がそう言えば、茉紀ははっと顔を上げて「それは無理。あの子らだけが私の救いだわ」と言った。
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