実験

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「失礼します」 「どうぞ」  美輝は潤の部屋に足を踏み入れた。男の人の部屋に入るのは初めてだった。 「そこらへんに座って」  彼の部屋は床が畳で、勉強机と棚が一つあるだけ。  机の上は綺麗に整理整頓されており、棚の中には前から見てみたかったミステリー映画がずらりと並んでいる。 「うわあ。すごい!」 「よければ好きなの貸す」 「本当に!? ありがとう」  天国のような部屋だった。  美輝たちはミステリーについて熱く語り合った。  話で盛り上がった後、タイミングを見て美輝は腹を決めた。  今日こそ能力について聞いてみよう。今なら、きっと心を開いてくれるはず。 「あのさ」 「ん?」  なかなか言葉が出てこなかった。どう切り出せば良いんだろう? 「どうした?」 「いや、ちょっと潤の力になりたいと思って……」  どうしても濁したような言い方になってしまう。 「というと?」 「その……能力の事なんだけど」  彼の表情が一瞬、陰った。  やっぱりだめか……。また傷つけてしまったのなら謝らないと。 「ごめん」  予想外に、謝ったのは潤の方だった。 「俺、嘘ついてた。多分、俺には能力があるんだ」  いざ、彼の方から話し始めると、美輝は返事に困った。 「あのトラックを見ればわかると思うけど」  そうか。あのことがあったため、もう周りには完全にその能力を見られてしまったのだ。  もう噂だと言い張ることはできない。 「そっか。出会ったばかりの頃、能力を強く否定していたのは、危険だと認識されると思ったから?」 「それもあるけど……」  彼は頭を抱えた。 「わからないんだ。自分が本当に能力者なのか」  わからない。  これは美輝が予想していた答えのうちの一つだった。 「自分で思い通りに使ってるわけじゃない」  美輝の思惑通り、犬に手を向けていたのは防衛反応によるものであり、能力発揮のための動作だった訳ではなさそうだ。 「俺の前でそれらしきことは、二度しか起きていないし、それが起き始めたのもつい最近だ。突然のことに自分でも信じられない。噂は超常現象が起きるずっと前から流されていた」  二度ということは、犬の時とトラックの時だ。 「今は使いこなせるの?」 「いや、使っている実感は全くない」  やはり彼は自覚していないのだ。  今まで見たSF映画のラインナップが脳裏を駆け巡っていく。  ここで能力について、いくつか当てはまる情報に思い当たる。  能力開花の原因として、三つほど可能性が挙げられた。  一つ目の可能性として上げられるのは、潜在的にその能力を秘めていたというケース。  それが何らかの拍子に、恐らく犬に襲われかけた時に、発動したというもの。  二つ目は界が流した噂を何度も聞き、周りの人間も潤を超能力者と考えるようになったことから、本人も洗脳状態に陥り、現実になったというケース。信じる力が能力を呼び起こしたというもの。  そして三つ目は、彼自身ではない彼を守る何者か、思いつく限りだと先祖であったり、お守りに住む神様のようなものであったり、或いは宇宙人であったり、そういったものが見えないところで彼を守っているというケース。  どれも映画の見すぎと言われればそれで終わってしまうが、まず能力というもの自体が現実離れしているのだから、現実離れした原因しか出てこなくて当たり前だろう。  能力者が自分の能力に気付かないという例はいくつか見てきたが、今のところ考えついたのはこのくらいだ。  美輝が何かお守りのようなものを身につけていないか尋ねると、彼は神社で買った交通のお守りを出した。  さすがに交通のお守りがトラックを吹き飛ばしたわけではないだろうから、除外しておく。  あれこれと話は聞いてみたが、一向に能力についての手がかりは見いだせなかった。  次に二人は力を操れるか試してみた。  机の上にガラスのコップを置いて、それを動かせるかやってみる。 「念じてみて。動け、と考えるの」  彼はコップを睨んで見たり、目をつぶって唸ってみたりしたが、コップが動く気配はない。 「さっぱりわからない」 「じゃあ、指をさしてみるのは?」  彼は指をコップに向け、指の先一点を見つめた。  力が操れるようになれば、彼は自分の身を守ることができるのだ。  美輝も一緒になって祈った。  彼を力が救ってくれますように……。  静かな部屋の中、ずずず、とコップがずれた。 「やった!」  彼が声を上げたとき、けたたましい音と共に窓ガラスが割れた。  一瞬、能力のせいかと思ったが、部屋の隅に転がった石を見て、そうではないと知る。  割れた窓から外を見ると、道の曲がり角に消えていく人影が見えた。  誰かが潤の家に石を投げ入れたのだ。 「見て」  潤は青白い顔でコップのあった場所を指さしていた。コップは机の上で粉々になっていた。  しかしそれは石のせいではない。コップの一は、石の軌道上からずれている。  紛れもなく、能力が働いた結果だった。
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