目撃

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 低くなった太陽が窓から差し込み、光に映し出されて舞い上がる埃がよく見えた。  司書の先生が閉室を呼びかけると、生徒たちはぞろぞろと部屋を出た。  美輝は昇降口で靴を履き、顔を半分ほど埋めるようにしてマフラーを巻いた。  そして潤からある程度の距離をとると、彼の後ろを歩きだした。  冷たい風が頬を打つ。  できるだけ目立たないよう、低い位置でビデオカメラを構えつつ、彼の後をつけていく。  彼は一度も振り向かず、ひたすら前だけを見て歩いた。  美輝は彼の姿を見失わないよう、だけども見つからないよう慎重に追いかけた。  丁字路を曲がるところで、はたと足を止めた彼に、美輝は慌てて電柱の裏へ身を隠す。  彼がじわりじわりと後ずさり、曲がり角から大型犬が現れた。  大型犬は犬より狼に近い風貌で、黒い毛に白が混ざっていた。  首には紐が巻き付いていたが、持ち手の方は切れており、どこかに繋がれていたのを噛みちぎり、逃げてきたと見える。  大型犬が潤の目を見据え、喉をグルルと鳴らした。  美輝は息を呑む。  大型犬が飛び掛かる姿勢に入った。  危ない!  犬の足が地面から浮いた。  思わず目を瞑る。  何の音もしなかった。  叫び声も、犬の吠える声も、何も聞こえてこなかった。  目を開けて、美輝は言葉を失った。   犬は空中で静止していた。  彼は手を前に突き出したまま、その場に直立し、驚愕の表情で犬を見ていた。  犬が真下に落下し、地面に伸びた。その目はかっと見ひらかれており、だらしなく開いた口から赤い液体が広がった。  そこに、向こうの角から眼鏡におかっぱ頭の女子生徒が現れた。写真部の長谷川梨里子だ。 「うっわ。やば! 超能力使えるのって本当だったんだ……」  彼はまだその場に固まっていた。  彼女は手にしていたカメラを持ち上げ、地面に倒れた犬を見下ろす潤に向かって、シャッターを切った。  逃げるようにして梨里子がその場を走り去ると、彼は尻餅をついてその場に座り込んだ。  じっと自分の手を見ている。  相変わらず、犬の目は開かれたままだった。  そこで美輝は我に返った。  仰天がみるみるうちに恐怖へ移り変わり、美輝は震える足で駆けだした。  家を目指しながら、頭の中では様々な考えが目まぐるしく巡っていた。  まさか本当に超能力が使える人間が存在したとは……。  しかし彼自身、能力を使ったことに驚いているようだった。  あの力は思うように制御できていないのだろうか?  それともこれが初めての経験で、今まで超能力者と言われ続けたことにより、本当に力を手に入れてしまったのか?  今まで見てきた刺激的な映画の数々が、頭の中に溢れかえっていた。  とりあえず、どうやら自分はとんでもないものを目にしてしまったようだ。  朱色に染まった道を、不気味な予感と胸をかき乱す好奇心との狭間で、自分の影を追うように走り続けた。
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