不死の娘、王室の魔剣

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 __まだ行商人でも薬師でもなかった、ただの幼い少女だった頃。イサナは、人魚の肉を食べた。  遥か昔から、彼女の母国には妖怪の類の話や、そういった言い伝えが多くあった。そしてそれは、世界が神に見捨てられ、無秩序になったことで、確かな現実になった。「人魚の肉を食べると不老不死になる」__イザナが食べた人魚の肉の伝説も、そのひとつ。  イサナは生まれつき重篤な病を患っており、どんな手を尽くしても、長く生きられて十五歳ほどまでと言われていた。そんなイサナが十二歳のとき、人魚の肉を食べさせたのは彼女の両親だった。その人魚とよほど相性が良かったのか、イサナの身体に異変は何ひとつ起きず、十五歳をすぎると病は嘘のように消え去った。両親は泣いて喜んでいた。しかし、時の流れのままに老いていく両親とは違い、イサナはいつまでも十二歳の少女のままだった。  やがてイサナは両親の仕事を継ぎ、薬師として働き始めた。彼女にとっては呪いに等しいその不老不死を消し去る方法をひっそりと探しながら。しかし、一向にその術は見つからず、自ずと彼女の薬師としての腕に磨きがかかっていった。 両親が一体どこから人魚の肉を入手してきたのか、知らないまま何百年も生きた。当たり前のように当の両親はイサナを置いて逝き、かつての友人たちも年を取って死んでいった。  気付けば自分の歳を数えるのもやめていた。ただ永遠に続く人生。彼女は腕の立つ薬師として国内でも有名になっていった。彼女の薬を求めてたくさんの人々がやってきた。不老不死になれる薬を本気で求める者もいた。「そんなものはないわ」と答えるたび彼女は哀しそうに笑っていた。  その丈夫な若々しい身体を生かして行商を始めたのはその頃だ。孤独に生きながらえるだけなら、せめて誰かの役に立つために、彼女は薬を売り歩いた。そして徐々にその商売の幅を広げ、もう両親がこの世を去って何百年たったかもわからなくなった頃、彼女は国を出て旅をするようになった。  たくさんの国を見た。様々な人々を見た。永遠に続く自分の命とはかけ離れた人々。ようやく、世界の広さを知った気がした。
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