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切り札と行商人、そして終末
「久しいな、イサナ殿」
「えぇ、およそ十年ぶりかと」
この代の国王とこうして言葉を交わすのは何度目だろう。いつまでも変わらない姿のイサナに対し、国王は会うたび歳を重ねている。当たり前のことだが、イサナにとってはそれが羨ましくもあった。
「いつもの商談に入る前に、ひとつ、話しておきたいことがある」
そう言って、王は姿勢を正した。
「かつて、この王室があなたから買い取った魔剣のことは覚えているか」
「もちろんです」
「“代々この王室で引き継いで、やがてこの刀が必要とされる時が来たら、然るべき者に受け渡したい”__私からもう何代も前の王が、そう言った。その意思はもちろん受け継がれてきた。そして……」
イサナはその先の予想がついていた。今日、この街に到着して、初めて声をかけたあの青年。その特異な体質の話、そして彼の容姿と魔力の波長から、ひとつの推測が彼女の中で成り立っていた。彼はきっと……
「私の息子……長男のエドワードだが、彼は今から七年前にある問題を起こして王位継承権剥奪、並びに王室離脱の措置を取った。それに関しての詳しい話は、今は控えさせてくれ。大事なのは彼のその後の動向だ。」
やっぱり、とイサナは内心微笑を浮かべる。以前ここを訪れた時、エドワードには一度会っていた。その時の印象を、イサナははっきりと覚えていた。彼の王族の中でもずば抜けた美貌とその立ち振る舞い、しかしその内に見え隠れする暗い影。
「彼は正式にこの城から退去を命じられる前に、あるものを盗んで逃亡した。」
「それが、あの魔剣というわけですね」
淡々と言葉を引き継ぐイサナ。王は苦々しい表情で頷いた。
「申し訳ない。あなたから譲り受けた素晴らしい刀だったというのに」
「いいえ、謝る必要はありません。もとより正式な取引の下、この王室に売り渡したものですし。それに」
自然と笑みが浮かぶ。数百年前、あの王に魔剣を売り渡したときと同じ高揚を感じていた。
「きっと、彼こそが、“然るべき者”だったのですよ」
王が、ハッとしたように顔を上げた。
「エドワードさんがあの魔剣を盗んだのではなく、あの魔剣がエドワード・ファーガスという人間を選んだのです。あれは、そう易々と誰にでも握れるような刀ではないでしょう」
その言葉に、王は深く頷く。
「エドワードの王室離脱、そしてあの魔剣のことも今まで公にはしてこなかった。よって国内に混乱は見られなかったが……彼の所在は我々も把握している。彼が一般市民ではなく、英雄視されているとなると、あの魔剣の回収は困難だ。そのことがここ数年の頭痛の種だったが、そうか……イサナ殿が言うならば、きっとそうなのだろう。肩の荷が下りた気分だ。あの魔剣のことは彼に一任するべきだな。彼が“然るべき者”であるならば。」
「えぇ。何代も受け継がれてきたこの国の王の想いを本当に受け継ぐのは、きっと彼なのですよ」
「しかし、あの息子が世界の崩壊に抗う切り札というのも、なんだか少し誇らしいような、恥ずかしいような、奇妙な気持ちだな」
そう言って頬を緩ませる王は、優しい一人の父親の顔をしていた。
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