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松葉杖をつきながら、エドワードは城下町を歩く。
彼はこの国でも名のある傭兵で、城下町に本拠地を置く“傭兵組合”に所属している。その中でも“五本指”と呼ばれる最強の一角を担うほどの実力の持ち主だが、今は右脚を骨折し、仕事を休んでいる。そんな彼は、数日前、城下町の近くに現れた災害指定クラスの大型の魔物__フェンリル二体と戦い、被害も最小限に抑え、見事勝利を収めた。その勝利に伴う名誉の負傷である。
それ以上に得たものは大きかったようだが、それは別の話。
傭兵の仕事があるときとは違うラフな服装で、帯刀もせず歩いていると、彼にとってはあまりに非日常的だった。いつもは高く結い上げている長い金髪も、今日は低い位置でまとめているだけだ。鋭い深海色の瞳も、いまいち覇気がない。
リハビリがてら市場にでも行ってみようか、という思い付きはあまりに安易だったかもしれない。うっすら後悔を感じ始めた。人通りの多い城下町の中心部をこの脚で歩くのは至難の業だ。郊外にある自宅から出た時はまだ余裕があったんだけどな……などとくよくよ考えていると、背後に気配を感じた。
咄嗟に振り向く。反射的にいつも帯刀している場所に手が伸びそうになるが、今は松葉杖で手が塞がっていた。しまったな、と思いながら距離を取ろうとすると、のんびりとした声がした。
「あー、あー、ごめん、もしかしてあなたは戦人だったかしら?」
そう言って苦笑し、両手を上げている年端もいかない少女がいた。
見たことのない服装だ、と思った。袖や裾が長い服。おかっぱ頭には、丸みのある赤い花の髪飾り。四角い大きな箱を背負っている。それからやけに小柄だなと思った。特別大柄でもないエドワードの胸のあたりまでしか身長がない。童顔ではあるが、その琥珀色の瞳には強い意志が宿っている。
「……君は」
まじまじと頭からつま先まで眺めるエドワード。
「女性をそんなにじろじろと見るのは失礼よ。西の国の紳士さん。ま、あなたは紳士って柄でもないんでしょうけど」
物怖じしない少女に気圧される。エドワードはぐっと言葉に詰まり、ようやく絞り出したのは「すまない……」という情けない声だった。
「そんなに縮こまらなくて大丈夫よ。初めまして戦人さん。私は極東の国からやってきた旅の商人よ。名前はイサナって云うの。母国の言葉でクジラを意味するわ」
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