6人が本棚に入れています
本棚に追加
知り合いからの思わぬ発言によりすっかり調子が狂ってしまったエドワードとは対照的に、イサナは、市場の商人たちと余程有益な情報交換でもできたのか足取りも軽く、エドワードの隣に並んだ。
「ずいぶん嬉しそうだな」
「それはもう!やっぱりこの国は交易が盛んなだけあって、市場も活気があっていいわ。遠くの国の織物があったりして驚いちゃった。」
やはりこういった市場での着眼点も、年相応の少女とは違う。商人としての気質が感じられた。
イサナの容姿を改めて見てみると、やはり年端もいかない少女にしか見えないが、その立ち振る舞いは無駄がない、というか洗練されていて、やはりただの少女という括りではないと感じられる。それ以上に、エドワードにとっては彼女の服装が気になっていた。袖や裾が長いひらひらとした服。馴染みがない異装であることは確かだか、どこかで見たような気がして仕方ない。
「だから、女性をそんなにじろじろと見るのは失礼よ」
「いや……すまない。その服装がどうしても気になって」
「あぁ!これ?」
イサナはその服の長い袖をひらひらと振って見せる。
「着物って言うのよ。こっちは袴。私の故郷で昔からある……民族衣装みたいなものよ。このあたりでは珍しいでしょ」
「あぁ。でも……綺麗だな」
エドワードの何気ない一言に、イサナはわずかにたじろいだ。
「あ、ありがと。故郷のものが褒められるのは嬉しいわね」
「そういう服を売ったりはしないのか?」
「そもそも手に入る場所がないからできないわね。ほら、私の故郷は滅んじゃったでしょ。生地があっても縫える人がいないから」
残念だわ、と呟いた横顔が、心なしか寂しそうに見えた。
「なぁ、君の故郷の話を聞かせてくれないか?文献でしか見たことがないが、極東の国の文化に興味があるんだ」
エドワードの言葉に、イサナはパッと表情を輝かせる。
「任せて!色んなことを教えてあげるわ」
そしてイサナは、エドワードに自らの故郷のことを語って聞かせた。
自然がたくさんあって美しかったこと。春には桜が咲くこと。「桜はこのあたりにもあるかしら?」「あぁ、ここより南にある町にはたくさんある。俺もかつて見たことがあった。すごく綺麗な花だったな」島国だから海が見える場所が多いこと。四季がはっきりしていて、それに合わせて人々の生活も大きく変化していくこと。魔物は殆ど現れず、代わりに“妖怪”と呼ばれる存在が時折姿を見せていたこと。それから、小さな都市伝説や彼女のかつての友人たちの話。
懐かしい思い出を並べていく彼女は、やけに大人びた眼差しで過去を振り返っているようだった。まるで、その外見からは想像もつかないほど長い時を生きてきたような。
最初のコメントを投稿しよう!