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「ありがとう。みんな、ありがとう」
ルイが手を振りながらステージに現れた。アコースティックギターを肩から提げている。
限られた時間を惜しんでも、時は止まってくれない。だから、一瞬一瞬の空気を記憶に刻む。
「生きているのが嫌になるくらい、辛いことも沢山あるけど。今日の思い出が、明日を生き抜いていく力になるように。みんながまだ生きていようと、生きていたいと思える今日になるように。心をこめて、最後の一曲を歌います」
ルイが深呼吸した。そして、ギターをストロークし始める。ルイの掻き鳴らす音は繊細で、甘い。そしてどこかノスタルジックでもあった。
アリーナツアー真っ只中のルイは少し疲れているようにも見えた。けれど、背が高くて不健康そうな彼は、ボロボロになればなるほど魅力が増す気がした。
枯れた声で叫ぶように歌うルイは、美しくて神々しい。
不意に、涙がこぼれた。
彼の歌が鳴り響く世界でしか、私は生きられないんだと再認識する。
辛いとき、悲しいとき、寂しいとき。
いつも傍にいてくれたのは彼の歌だったから。
「今日は、本当にありがとう」
短く言葉を残して、ルイがファンに向かって手を振った。
「いかないでー!」
涙ぐんだ叫びが聞こえた。
ファンの熱狂を肌で感じる。
「ありがとう」
人知れず呟いた。
感謝してもしきれない。
ひとりぼっちの私に、生きる世界を与えてくれたのはあなただから。
ルイは手を下ろして、ステージの中央で深く一礼した。
そして、踵を返す。
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