充電と放電

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 「ありがとう。みんな、ありがとう」  ルイが手を振りながらステージに現れた。アコースティックギターを肩から提げている。  限られた時間を惜しんでも、時は止まってくれない。だから、一瞬一瞬の空気を記憶に刻む。  「生きているのが嫌になるくらい、辛いことも沢山あるけど。今日の思い出が、明日を生き抜いていく力になるように。みんながまだ生きていようと、生きていたいと思える今日になるように。心をこめて、最後の一曲を歌います」  ルイが深呼吸した。そして、ギターをストロークし始める。ルイの掻き鳴らす音は繊細で、甘い。そしてどこかノスタルジックでもあった。  アリーナツアー真っ只中のルイは少し疲れているようにも見えた。けれど、背が高くて不健康そうな彼は、ボロボロになればなるほど魅力が増す気がした。  枯れた声で叫ぶように歌うルイは、美しくて神々しい。  不意に、涙がこぼれた。  彼の歌が鳴り響く世界でしか、私は生きられないんだと再認識する。  辛いとき、悲しいとき、寂しいとき。  いつも傍にいてくれたのは彼の歌だったから。  「今日は、本当にありがとう」  短く言葉を残して、ルイがファンに向かって手を振った。  「いかないでー!」  涙ぐんだ叫びが聞こえた。  ファンの熱狂を肌で感じる。  「ありがとう」  人知れず呟いた。  感謝してもしきれない。  ひとりぼっちの私に、生きる世界を与えてくれたのはあなただから。  ルイは手を下ろして、ステージの中央で深く一礼した。  そして、踵を返す。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加