帰路

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帰路

 見覚えのある街並みが目に入る。大通りから少し外れた、井之頭公園の前。夕焼けが住宅街に隠れて、少し薄暗い。有川(ありかわ)有川には馴染み深い場所で、どうすれば自宅に帰れるかはすぐに分かった。現代日本には少し古めかしく埃くさい服装のまま、彼はゆっくりと自宅へ足を向ける。  車のエンジン音も、優しく漂う夕飯の香りも、有川には馴染み深く、同時に懐かしいものだった。十五年近く傍にあったものが、一年前突如として消え去ったのだから、懐かしむのも当然と言えよう。 有川はおおよそ一年間、地球ではない場所で暮らしていた。中世ヨーロッパを思わせる絵本の中のような異世界で、彼は戦いに明け暮れていたのだ。RPGのごとき世界で、平々凡々だった有川は勇者だった。一年をかけて己を磨き、魔王討伐の悲願を果たして、ようやく故郷へ戻ってきたのだった。  正面からきた自転車を避けようとした有川の真横で、自転車は大きな音を立てて止まった。乗っていたのは四十代近く見える女性――懇意にしている喫茶店の女主人だった。有川の顔を見て彼女の目が見開かれる。その反応も当然だろうと有川が対応に困っていると、突然女性がぐわしと彼の肩をつかんだ。 「(ただし)正君、あんた、正君だろ! 一週間もどこほっつき歩いてたんだい、ええ?」  前後左右に揺すぶられ、有川の足がフラフラとさまよう。それでも、女性の言葉を聞き逃してはいなかった。一週間。彼女は一週間といった。有川の過ごした一年は、こちらでは一週間にしかなっていなかったのだ。家に帰るから、と女性と別れてから、有川には安堵が生まれていた。一週間程度なら小さな家出、反抗期程度に収まるだろう。そう考えての安堵だった。自宅のインターホンを鳴らし、出てきた母親に強く抱きしめられる。これから叱咤されるだろうが、無事に帰ってきたことを思えば些細なことだ、と苦笑する。玄関で靴を脱ぎながら、帰ってきた当たり前を享受し、彼は微笑んだ。 「おかえり」 母の声に、今更ながら帰ってきたのだと実感する。胸に残る言い知れない気持ちを手で抑え込みながら、有川はただいま、と返した。
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