悪寒

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悪寒

 竹島の私服は、随分とラフなものだった。小さなポシェットにいじっていたスマートフォンをしまい、有川に向かって手を振る。 「ごめんな、いきなり呼んだりして」 「今日は用事も無かったし大丈夫。それより、なんで図書館に?」  騒ぎからしばらくたち、日常が戻ってきたころ。有川は竹島に呼ばれ、市民図書館の前にいた。急な竹島からの連絡に、大慌てで飛び出してきたのだった。竹島はここで説明する気はないらしく、市民図書館へと入っていく、そのまま奥へ進み、古い新聞が置かれた机の前で立ち止まった。有川に着席を促し、彼女自身も横の席へ座る。 「魔王のこと、覚えとる……よな。あれから気になって調べとったんよ」  竹島の言葉に、有川の心臓が跳ねる。先日からずっと続いている悪夢を思い出す。 『いつか、俺の選択を肯定する』  魔王の最後がフラッシュバックし、思わず席を立とうとした。椅子を引く大きな音が図書館に響き、悪いことをした気持ちになる。どうするわけにもいかず、中途半端に浮いた腰を元に戻した。真っ直ぐにこちらを睨む黒い瞳が、知らず思い起こされる。 「前勇者、ツナオ・マエヤマ。五十年前にうちらと同じように召喚され、魔王を倒した」  竹島は淡々と話しながら、新聞をめくっていく。心なしかその顔は青く、目尻は赤い。ゆっくりとめくられていく新聞から、目が離せない。何か、見てはいけないものを見ようとしている。漠然とした嫌悪と不安にしかし、有川は目線を動かせない。やがて、中ほどのページで竹島の手が止まり、隅の方に載った記事を指さす。  そこに乗っていたのは小さな小さな記事だった。『探しています』と銘打たれた横には、小さく写真が載っている。冴えない顔の中で、冷めて特徴のない目がこちらを見ている。どこにでもいそうな、平凡な男子だった。平凡で、これと言って特徴のない、有川に似た目をした写真だった。その黒い瞳に、面影があった。 「そして、魔王になった、うちらの敵やった人。こっちでは一か月も経ってなかったみたいやな。……今も、見つかってない」  そこに映っていたのは、有川の前に立ちはだかった最後の敵。憎悪と切望と欲にまみれた魔王の、かつての姿だった。
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