二 事情聴取

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二 事情聴取

 夫の妹ミカ・ロンド二十三歳は、悲しみに打ちひしがれてリビングのソファーにいた。  この家は平屋の広い家だ。ユング共和国の人口密度が低いため、どの家も宅地は広く平屋が多い。 「ふたりを軍警察のフォースバレーキャンプへ運びました。詳しく調べます」  マリーは、バリー・ロンドとミッシェル・ロンド夫妻が、これからどういう事をされるか説明した。 「これ以上身体を傷つけないでください・・・」  ミカは涙を拭きながら、ソファーに座ったマリーを見つめた。隣りにクラリスが立っている。 「だいじょうぶ。さっきしていたみたいに、探査ビームでスキャンするだけです。組織はそのままですよ」  クラリスは解剖スキャンを優しく説明した。  マリーはミカの手をとって静かにさすった。 「ミカに訊きたいことがあります。答えてください」 「はい。なんでも訊いてください」  ミカはマリーの質問を待っている。 「記録によると、昨夜、この家の防犯システムは稼動していました。  いつも稼動してるんですね?」 「はい、いつも稼動してます」 「防音は?」 「完璧です。ドアを閉めれば、家の中は、隣の部屋の音も聞えません」 「セックスの嬌声も?」 「ええ、義姉の喘ぎが大きくて、それで兄が防音対策しました」 一瞬、ミカが兄夫婦を思いだして笑ったが、すぐさま悲しみの顔に戻った。 「仮に、誰かが防犯システムを細工して、ふたりの部屋に侵入しても、部屋の外からはわからないと言うことですね?」 「はい・・・」  そう答えて、ミカは息を呑んだ。防犯システムに詳しい者がシステムを操作して、兄たちの部屋に侵入していても、あたしは何も気づかない・・・。 「死亡時刻は今日の午前一時頃です。その頃、外で何か変った事はありませんでしたか?ふだんと違う事がありませんでしたか?」  これまでのクラッシュに関する事件と、ウィルス・カプコンドリアのテロ事件は波動残渣が消去されている。今回も同様に波動残渣は消去されている。  マリーは事件が起った刻限の状況を聴取するしかないと思っていた。 「よく眠っていたので・・・。  起きていると、気配を感じるんです。兄たちの・・・」  ミカは身体が揺れる仕草をした。 「振動ですか?」 「ええ、激しいから。耐震構造にしてあるんですが、兄たちの動きは、地震の振動とは違うから・・・」  ミカが目を伏せた。兄たち夫婦を思いだしている。 「午前一時頃はどうでした?」 「眠ってました。振動がやんだので・・・」 「では、その前までは振動していた?」  マリーはやさしくミカを見つめた。 「はい、いつもより激しく・・・」 「振動がやむ前、室内や戸外の明るさに変化はありましたか?」 「何も、なかったように思います・・・」  ミカは何か考えている。 「何か、ありましたか?」  マリーはミカの返答を待った。 「なんというか・・・、兄の部屋の方角というか、部屋がというか、二度ほど、青白く瞬くように光った感じがしました。それと、オゾンの匂いがしたようにも感じました。  でも、頭の中で何かが弾ける時に、まぶたの裏で感じる閃光に似てたので、ああ、またかと思ってました。オゾンの臭いは空気清浄機からの匂いだと思ってました」  ミカは誰にも話さなかった事を、初めてマリーに話したように戸惑っている。    ミカが感じた光はスキップ光だ。臭いは時空間スキップの素粒子信号時空間転移伝播で生ずるオゾン臭だ。これを感じる者は精神思考が可能だ。ミカは何者だ?そう思いながら、マリーはミカに尋ねた。 「匂いは、空気清浄機の匂いと同じでしたか?」 「空気清浄機の匂いに似てたけど、なんだか、ちょっと生臭いような、それでいて、さわやかなような、変な匂いな気がしました。気のせいかも知れません」  まちがいなくミカが感じたのは時空間スキップのオゾン臭だ。以前にもオゾン臭を感じた経験があるはずだ。 「そのような光や匂いは、過去にも感じたことはありましたか?」 「ええ、ありました。最近はなかったので、今回は、またかと思いました。気のせいでしょうか?」  ミカはマリーを見つめて臭いの原因を知ろうと考えている。 「事実を感じてたのでしょう。クラリス。説明してくれ」  マリーはミカの思考を知って、クリラスに指示した。 「わかりました。ミカ、スキップを知っていますか?」  クラリスはミカに微笑んで尋ねた。 「はい。惑星間飛行する時に使う航行ですね。あっ・・・」  あたしが感じたのは、あの時に感じた光と臭いだ・・・。  ミカは、惑星間飛行する宇宙船の発進時と到着時を思いだした。 「気づきましたね。ミカはスキップ時に感じる光と匂いをここで感じたのです」  そう言ってクラリスはミカに微笑んだ。 「何かが、ここにスキップしたんですか?」  ミカが不審な思いでクラリスとマリーを見ている。 「その可能性があります。スキップを考えて捜査します。  協力、ありがとうございます。午前中に、ふたりの解剖スキャンは終ります。  その後の手続きはミカがしますか?」  マリーは優しくミカを見つめた。クラリスもミカを見守るように見つめている。  犯罪が絡んだ被害補償と遺体処理は、全てコンバット(テレス連邦共和国軍警察重武装戦闘員)に依頼可能だ。 「全てお願いします。葬儀に出るのは家族と知人が数名だけです」 「わかりました。十三時に、テレス連邦共和国軍警察フォースバレーキャンプに来てください」  マリーは葬儀についてミカに説明した。  説明後、マリーはある事を思いついてミカに訊いた。 「最近、お兄さんたちを訪ねてきた人はいますか?」 「はい。一昨日、医師のロック・コンロンが兄夫婦を訪ねてきました」  マリーは驚いたが表情に現さなかった。遅れてリビング現れたカールも医師の名を聞いて驚いたが、素知らぬふりをしている。クラリスは穏やかな表情を崩さずにいた。  医師のロック・コンロンは、テレス帝国が惑星ユングを支配していた当時、精神安定と鎮痛疲労回復剤として、麻薬・クラッシュをアシュロンキャニオン鉱山の労働者に処方していた医師だ。当時のコンバットから麻薬売買、公務執行妨害、反逆逃亡罪で逮捕礼状が出たが、ロック・コンロンはテレス帝国壊滅と同時に消息不明になっている。 「どういう用件で来ました?」 「依存症の件を話してたような気がします。兄夫婦は何かに没頭すると際限なく続けるんです」 「何でも、ですか?」 「はい・・・」  ミカが顔を赤らめた。 「セックスも?それで嬌声が激しい?」 「ええ・・・。何か参考になりますか?」 「ええ、参考になります。医師が訪ねて来たのはいつですか?」 「一昨日です」 「わかりました。医師にいろいろ聞いてみます。  ところで、ミカの仕事は具体的に何をしてますか?」 「兄夫婦もあたしも、アシュロンキャニオン鉱山で働いてます・・・」  ミカはそう言いかけて、もう兄夫婦が存在しないのだと気づいた。  テレス帝国統治時代と違い、鉱山労働者の労働は、クリーンルームから採掘作業機器を遠隔操作する作業に変化して危険性は皆無だ。ミカが採掘作業機器をオペレートしているとは思えない。 「ミカは鉱山で何の仕事をしてますか?」 「鉱脈の探査と採掘計画の立案です。兄たちの死と何か関連がありますか?」 「関連はありません。他の人より、感覚が優れていると言われたことはありませんか?」 「言われます。それで地中レーダーの鉱脈探査にまわされました」 「ミカの判断はまちがいないと言われたのですね?」 「はい。よくわかりますね」  ミカがマリーに驚いている。 「戦闘経験はありますか?」  マリーはミカの態度が気になっていた。ミカが兄夫婦を亡くして動揺していたのは、マリーたちがここに到着した〇八一一時頃だけで、一時間が過ぎた今は、すっかりおちついている。とても一般的なユンガ(ユング共和国のネイティブのヒューマン)とは思えない。 「はい。アシュロンキャニオン鉱山に侵入したテレス帝国軍を排除するために、あたしも戦いました。多くの鉱山労働者が負傷して死にました。  医師のロック・コンロンは負傷者を治療していました。医師と兄たちと親しかったのはそのせいです・・・・」  ミカはアシュロンキャニオン鉱山を管理していたテレス帝国軍の支配体制を説明した。  ニューアシュロン建設のために、アシュロンキャニオン鉱山にテレス帝国軍が投入されたのはガイア歴二八一〇年八月以降だ。そして地下に、新都市ニューアシュロンが建設され、二八一五年十二月八日に、テレス帝国は壊滅している。 「大変な時にいろいろ尋ねてすみませんでした」  マリーはミカに手を差し伸べて、事情聴取の礼を言った。  ミカはマリーの手を握って静かに御辞儀した。  ミカの手を通して、マリーはミカの心の深遠を感じた。兄たちを亡くしても、ミカの意識も精神も沈んではいなかった。なんとかして加害者を見つけ、報復しようとする意識に燃えていた。  マリーはミカに葬儀時刻を再確認した。 「それでは十三時に、テレス連邦共和国軍警察フォースバレーキャンプに来てください。  全ての手続きは警察がしておきます。参列者は五名ですね?」  マリーはミカの思考を探って、葬儀に参列する人数を再確認した。 「はい。私と義姉の妹と、兄たちの親しい知人二名とロック・コンロン医師です」 「ロック・コンロン医師の住所を知ってるんですか?」  カールはミカの言葉に、驚きを隠して尋ねた。ロック・コンロン医師は ガイア歴、二八一〇年、八月以降、行方不明のはずだ。 「ええ、アシュロン〇〇一、〇九五の・・・」  南北一番街東西九五番街はアシュロン南西部だ。南北四十七番街と東西九五番街の交差地にはドレッド商会の物流拠点、ドレッド商会物流センターがある。 「ここに、ロック・クリニックがあるんですね?」  カールは冷静に尋ねた。 「はい。明日、葬儀に出るでしょうから、医師に確認してください」 「わかりました」  ロック・クリニックはクラッシュ不法売買で、当時のコンバット(テレス帝国軍警察重武装戦闘員)の攻撃を受けて、ガイア歴二八一〇年八月に壊滅した。  当時コンバットを指揮していたのは大尉だったマリーだ。マリーの指揮下でカールも攻撃に加わっていた。戦闘のさなか、クリニック内にいた者たちは、クリニックの上空にスキップしたイグシオンで逃亡したまま、行方不明のままだ。  医師のロック・コンロンが、かつてクリニックがあった南北一番街東西九五番街で開業しているのは、ユング共和国の治安を維持するコンバットにとって思いもよらなかった。 「それでは、午後、フォースバレーキャンプに来てください」  マリーはソファーから立って、ミカに手を差し伸べた。ミカもソファーを立った。マリーと握手し、葬儀の手続きをお願いしますと言って御辞儀した。  戸外に出ると、すでに、フォースバレーキャンプのPV三車両は遺体を搬送して帰投し、カールに指示されたノースイースト支部のPV一車両のコンバット三名が、ロンド家の周囲を警護していた。 「オリバー。今後、指示あるまで、六時間交替で警護してくれ」  カールはノースイースト支部のコンバット指揮官、オリバー・ミン少尉に指示した。 「了解しました。質問していいですか?」  オリバー・ミン少尉はカールに対して低姿勢だ。 「質問を許可する。何だ?」 「この事件は、ハリーが殺された件と、関連はないですか?」  オリバー・ミン少尉は情報屋のハリー・スピッツと面識があった。 「関連性はわからない。オリバーは何か知ってるのか?」 「クラッシュのような物が関係している気がします・・・」 「そうか・・・、オリバーの意見も参考に捜査する。何かわかったら、連絡してくれ。  単独で行動するな。必ず連絡してくれ」 「了解しました」  オリバー・ミン少尉はマリーとカールとクラリスに敬礼した。  マリーたちは答礼してPVに搭乗した。
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