六 ソウルクリスタル

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六 ソウルクリスタル

 グリーゼ歴、二八一六年、九月二十三日、一三〇〇時。  テレス連邦共和国軍警察フォースバレーキャンプの別館セレモニーホール正面に台座があり、その上にバリー・ロンドとミッシェル・ロンド夫妻が横たわっている。 「故人、バリー・ロンドとミッシェル・ロンド夫妻の・・・・」 ポール・カッター主席事務官が夫妻の生前を語った。  台座の左にいる主席事務官の言葉が進むにつれて、台座上の夫妻が白紫色の球状エネルギーフィールドのシールドに包まれた。  最初は薄くボンヤリとしていたシールドは、主席事務官の言葉とともに眩く輝きを増しながら大きさを縮めていった。  そして、シールドは握り拳ほどに縮み、激しく眩く輝いて緑紫色を放つと、ふっと輝きが消えた。台座には、大粒の緑の結晶体があった。 「夫妻の魂の象徴、ソウルクリスタルです。ミカ。お持ちください」  事務官は台座に近寄って、緑紫色の結晶体ソウルクリスタルを手に取るとケースに収めて、ミカ・ロンドを手招きした。  ミカは台座に近づいて、事務官からケースを受けとった。事務官はミカにそのままそこにいるように言って、ミカに話した。 「これで葬儀は終りです。この結晶体・ソウルクリスタルには、生前のふたりの記憶がメモリーしてあります。  これから、いろいろな事があるでしょう。  その時は、このふたりのソウルクリスタルと会話してください。  ふたりがあなたに助言してくれるはずですよ」  ポール・カッター主席事務官はミカ・ロンドに微笑んだ。  葬儀にロック・コンロンは来なかった。  ミカ・ロンドは参列者を代表してマリーとポール・カッター主席事務官に礼を言い、セレモニーホールを去った。  一四〇〇時。  カールは、フォースバレーキャンプ地階オフィスへ移動しながら、クラリスに訊いた。 「夫妻の記憶をソウルクリスタルに再現したんだろう?何がわかった?」 「ロック・コンロンに関する記憶は無かった。鉱山に関する記憶にも、捜査に使える記憶は無かった。記憶の一部が消去されたと考えられるわ」  クラリスの返答に、マリーは、やはり、と思ってクラリスに言う。  「下に着いたら、夫妻の記憶を再現して欲しい」 「わかったわ」  地階オフィスに入った。マリーとカールがコントロールポッドのシートに着くと、クラリスは夫妻が死亡する三日前からの記憶を3D映像化してオフィスに投映した。  3D映像が進んだ。  〇八〇〇時。  朝食をすませた三人が送迎用の専用車両で、アシュロンキャニオン鉱山へ出勤する。  〇八三〇時。  鉱山に着いた夫妻はともに、採掘をオペレートするクリーンルームに入った。クリーンルームと呼ぶが、ここには鉱山労働者が居住するのに必要な全ての環境が整っている。  夫妻はここで、私服から作業着に着替えて、採掘作業機器を遠隔操作するコントロールポッドのシートに座った。  夫妻は3Dディスプレイを見ながら採掘車を操作する。採掘が進むと次に操作するのは鉱石運搬車だ。運搬車の積載機で鉱石を運搬車に積み込み、鉱石を満載した運搬車を鉱石集積所へ運ぶ。遠隔操作のため作業に危険性は皆無だ。  作業は〇九〇〇時から一七〇〇時まで。 一時間のオペレーションを三サイクル(サイクル間に十分休憩二回を含む)と、一時間の昼休み、そしてオペレーションを四サイクル(サイクル間に十分休憩三回を含む)をくりかえして終る。夫妻が私的会話を交すのは、コントロールポッドから出る休憩時だけだ。  一七〇〇時。  一日の作業が終った。夫妻はコントロールポッドから出て作業着をクリーニング機に入れ、シャワー室で身体を洗って私服に着替えて、クリーンルームを出た。  一七三〇時。  夫妻は、鉱山に来る時と同じように、ミカとともに専用車両の指定席に座った。指定席は二重にシールドされている。他人との会話はない。  一八〇〇時。  帰宅。 「夫妻の鉱山での記憶に、ロック・コンロンに関するものは無い。  家庭の記憶にも、ロック・コンロンに関するものは無いわ・・・」  3D映像を見ながら、クラリスはそう言った。  3D映像は続いた。  自宅に戻った夫妻はミカとともに、夕刻ののんびりした時間を食事と娯楽で過し、寝室に入った。夫妻はともにシャワーを浴びて、いつものように愛しあっている・・・。  ミカ・ロンドが話したように、夫妻の営みは見た目はふつうのように思われるが、妻ミッシェル・ロンドの感じる快感は激しく、その様子に夫バリー・ロンドも連鎖反応したように動きを大きく早め、激しく反応している。  クラリスが3D映像を停止して、 「ここから注意して見てね・・・」  すぐさま3D映像を再生した。  夫妻は快感の嵐を激しく感じて絶頂へ登りつめている。それも十数分にわたって・・・。  そして、絶頂に達して、快感は爆発するように全身へ拡がり、全身が快感に包まれて、解放されたような、そして、溶けたような感覚が夫妻を包みこむ。  この時、夫妻は、何かにシールドされたように、みずから発した白紫色の薄ボンヤリした光に包まれたように見えた。 「止めろ!クラリス。この光はなんだ?スキップ光だぞ・・・」  マリーはクラリスに3D映像を停止させた。  夫妻が発している光は青白い。スキップ光と同じだ・・・。 「ええ、そうよ。光度は弱いけど、スキップ光ね・・・」 「それなら、脳組織の一部を、ふたりはみずから時空間スキップさせたのか?」  カールが驚いている。  マリーは何が起っているか気づいた。 「そうじゃない。間脳と小脳を抜きとった事と、このスキップ光は違うんだ。ふたりの意識がスキップしてる・・・」 「どういうことだ?」  マリーの説明をカールは理解できない。 「自己意識と身体感覚器官の意識がスキップ状態になってるのよ。  つまり、激しく、イッタ状態なの・・・」  クラリスはカールを見て微笑んでいる。  マリーは、ヒューマの意識感覚にスキップが存在するのを知らなかった。  性交渉で絶頂に達した時、意識や記憶が飛ぶと表現するが、それは自己意識と感覚器官の意識が自己スキップしている状態だ。つまり意識は肉体から離れて遊離している・・・。意識だけではない。精神、つまり心も遊離している・・・。 「マリーが考えるとおり感覚的なスキップよ。  問題はこの後よ・・・」  みずから発した白紫色の薄ボンヤリした光に包まれた夫妻の頭部だけが、眩いスキップ光に包まれた瞬間、夫妻の記憶3D映像が消えた。 「絶頂に達した瞬間、間脳と小脳がスキップされた・・・。  これをどう考える?」  クラリスは疑問の眼差しで、コントロールポッドのマリーとカールを見ている。 「絶頂になるのを待って、誰かが組織をスキップさせた・・・」  カールは絶頂時に夫妻の気が緩み、脳組織を奪った侵入者に気づかなかったと思っている。 「いや、そうじゃない。絶頂時を狙って、ふたりの脳組織をスキップしたんだ。  絶頂時の組織はどうなってる?」  マリーはクラリスに説明を促した。 「一般の男女にくらべ、夫妻は絶頂時に大量のドーパミンとβエンドルフィン、オキシトシンを放出してる。そのため、自己意識が激しく自己スキップしてる・・・」 「まさか、それらの化学物質を得るために、組織を奪ったのか?  それなら、カルトが心臓を奪うのと同じじゃないか!?」  カールは、奪った組織で儀式めいた事をするのではないかと考えている。 「間脳と小脳を使って儀式をするとは思えない。クラリスはどう考える?」  マリーは自分の懸念を確かめるようにクラリスを見た。 「儀式じゃないわ。間脳が放出する大量のドーパミンとβエンドルフィンとオキシトシンを、クラッシュの代用にすると考えられる・・・。  必要なのは間脳で、小脳は目的をごまかすために抜きとったのでしょうね」とクラリス。  カールは憤慨した。冷静に考えねば捜査の糸口をつかめない・・・。  カールは気持ちを抑えた。 「加害者は転送スキップが可能なヤツだ。  ドーパミンとβエンドルフィン、オキシトシンをクラッシュの代用にするなら、夫妻の間脳だけでは足りない。まだ被害者が出るぞ!」 「他に転送スキップできるAIはいないか?」  マリーは、夫妻の葬儀前に話した、クラリスに匹敵するAIの存在を、ふたたび考えた。  かつて、テレス帝国軍警察の亜空間転移警護タイタン艦隊の旗艦〈タイタン〉にAIユリアがいた。  私とオリオン共和国代表の戦艦〈オリオン〉提督・総統Jは、ヒッグス粒子弾を使って、宇宙戦艦からレプリカンに至るまで、テレス帝国に関係する者も物も全て壊滅した。  しかし、テレス連邦共和国に、テレス帝国軍の残党レプリカンは存在していた。  もしかしたら、いまだにタイタン艦隊の旗艦〈タイタン〉のAIユリアが存在しているのでなかろうか。クラリスと同じ機能を持つAIが存在すれば、クラリスの4D探査は傍受されて、AIの存在は捕捉不能になる・・・。  マリーはカプラムだ。クラリスの4D映像探査機能を使わずに、危険覚悟で自分自身の心による感知機能、精神思考域を、テレス星団のあらゆる惑星と衛星に向って拡げた。  マリーはカプラム星系惑星カプラムに、クラリスと異なる意識と精神を感じた。  それは暗い心を持っている。その心の領域に明るさも暖かみも感じない。あきらかにテレス星団に存在しないはずの意識と精神だ。  AIか?他の時空間からの侵入者か?それとも・・・・。 (三章 猟奇殺人 捜査継続)
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