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3. 10歳下って、下すぎる
「ふぅ…」
「エリカちゃーん、ため息、三回目やで!」
山野くんに軽く頭を小突かれた。
「あ、ごめんごめん、つい…ね」
「なんや、彼氏とうまくいっとらんのか?」
山野くんは書類に目を通しながら聞いてきた。
「そんなことないよ、うまくいってるよ?」
「かー!なんやそれ!ため息いらんやろ?そいなら」
「うん…でもさ、ため息したい時もあるんだよね」
「そんな幸せなため息聞いとる暇ないわ!こっちの書類、三カ所ミスあったで?直しといて」
「わ、ごめん!」
「オレ、この後外回りで直帰やから、守岡に渡しといて」
「あ、うん、了解」
山野くんは上着を取ると出て行ってしまった。
金曜日。いつもなら八田くんが来る日。つき合い始めて、初めて金曜日に約束を入れられた…。
そりゃ、誘われる飲み会を全部断って!私と一緒にいて!なんて独占するつもりはないけれど。
就活でお世話になった先輩、かぁ…。男の人だ、って言ってたけどなんだか落ち着かない。
鍵を渡す、渡さないで言い合いになって、結局今回は鍵を渡さず。八田くんは金曜日の夜はうちに来ないで、土曜日の昼頃に来ることになった。
付き合ってるんだから別に鍵を渡しても問題はない…けど。なし崩しになるのだけは絶対嫌。ガード、固すぎるかな…。
ちょっとしょんぼりしつつも山野くんに指摘されたミスを直し、印刷しようとしたらプリンターが壊れた。
は…。壊れたプリンターを前に、脱力。
なんだかなぁ…。私の性格もいけないのかもしれない。
前のときもそうだった。言いたいことを我慢して、相手に合わせて少しずつ生じるズレ。
我を通すと嫌われそうで、物わかりのいいフリをして。気持ちがズレてるのに見ないフリして、自分が我慢すればいい、って思って…。
ああ、もう考えるのやめよ!今はプリンター直して、印刷したのを守岡くんに渡さないと帰れないし。
「エリカさん、書類できました?」
「あーっ…と、ごめん、後15分くらい待てる?」
「いいっすけど、残ってるのもう僕らだけですよ」
守岡くんに声をかけられて、周りを見渡してみると、さすが金曜。残業している人なんてひとりもいない。
「エリカさん、めずらしいっすね、こんな時間まで」
「あー…うん、まぁ、ね」
「金曜日いつも定時でダッシュしてますよね」
「うん、まぁ、ね」
「…プリンター、壊れました?」
「まぁ、ね…あ、あ、うん!なんか壊れたみたい」
「僕、直しますよ」
守岡くんがプリンターのあちこちを開けて見ているのを、なんとなく見守る…。
「エリカさん、僕といると緊張します?」
守岡くんが配紙口カバーを開けながら突然聞いてきた。
「なんで?」
「すっごい挙動不審すよ?」
「いや…そんなことないけど…」
「…僕、エリカさんからの連絡待ってました」
「え…?」
守岡くんはクシャクシャになったプリント用紙を取り出した。
「スカーフ、追いかけて渡したじゃないですか」
「うん」
「あの中に連絡先入れといたんすけど、気がつきました?」
連絡先…。帰り道、コンビニのゴミ箱に破って捨てた、なんて言えない。
「…ごめんね、気づかなかったかも」
「…そうですか」
ちらり、と守岡くんの様子を伺う。信じてくれたかな?ちょっと苦手なんだよな…この子。八田くんがいるのに、しつこくされても嫌だし。
その後、なぜか守岡くんは機嫌良く鼻歌を歌いながらプリンターを直してくれた。
無事印刷できた書類を守岡くんに渡す。はぁ、やっとこの緊張感から解放される!
「お疲れさま、ありがとね、助かった」
「いえ、印刷終わらないと僕も帰れないんで」
「あー…そうだよね、金曜日に残業させちゃってごめんね」
「じゃあ、メシつきあってくれませんか?」
「え?」
「残業、エリカさんの責任っすよ。お詫びに奢ってください、先輩!」
守岡くん、爽やかな笑顔で…たかってきた。
八田くん、今頃飲んでるかな…。本当に相手、男の人ならいいんだけど。
「ちょっとだけでいいですから!行きましょう!」
守岡くんはそういうと、私の手を掴んで…というよりも、握って歩き出してしまった。
「え、いや、ちょっ、ちょっと待って!」
振り向いた顔が、柴犬が「ん?」ってしたときのような愛らしさ…いや、そうじゃなくて!
「手繋がなくても行けるし!」
「あ、そうですよね、失礼しました」
守岡くんはあっさり手を離すと「下の焼き鳥屋がいーでーす!」と言って、大股で歩き出した。
「や、焼き鳥屋か…」
まぁいいんだけど。
10歳も下の男の子とサシで食事とか飲みとか…ないわ…。
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