3. 10歳下って、下すぎる

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 ざわつく店内は、ちょっとびっくりするくらい込み合っていた。 さすが銀座とはいえども新橋寄りの高架下。 道にはみ出す勢いでテーブルと椅子が並んでる。  私と守岡くんは外寄りの席に座った。オープンエア、と言えば言えるその場所は、時折吹き抜ける風が気持ち良かった。 「エリカさん、好き嫌いありますか?」 「特にないけど」 「じゃぁ、僕のおすすめで」  守岡くんはそういうと、生ビールと焼き鳥を数種、それからおつまみ系を注文した。  決断力、あるなぁ…。私だったら、あれもこれも…で、結果、迷って決められないのに。 「乾杯、先輩」  運ばれてきた中ジョッキを掲げて乾杯すると、守岡くんは一気に飲み干した。 「お酒、強いんだねぇ…」 「うーん、そうでもないと思いますよ?」  お通しを食べながら、なんとなくの世間話。  守岡くんは、お酒が入ると饒舌だった。そして、私もアルコールのせいか、構えずにフランクに話せてる…。  最近の映画や音楽の話、海外アーティストの話。古いR&Bとかも好きみたいで…ちょっと意外な一面が垣間見えて、話している間に、彼に対する緊張感はどんどん溶けていった。  なんだ、ちゃんと話しすれば、こういう子だってわかったのか。  よく話してよく笑う。凄く表情が豊かで見ているだけで楽しい。柴犬の可愛さにも通じるところがある。八田くんの子犬系とは違う可愛さだわ。 「エリカさん、転職組っすよね?」 「うん、そうだけど?」 「前はどんなところで働いてたんすか?」 「建築系の事務」 「へぇ、建築系からIT系って、なんか事情があったんすか?」  ちょっと言葉に詰まった。  建築系の会社で前の夫に出会い、結婚して退職。そして…離婚してからの再就職。お酒の席で言うには重い、かな…。 「まぁ、IT系興味あったからね。でも、事務だから業種変わってもやることはそんなに変わらないよ?」 「ふぅん、そんなもんですかね」 「守岡くんは?今はアルバイトなんでしょ?」 「はい、夏までの契約です」 「そうなんだ」  ってことは、守岡くんがいなくなるまで後2ヶ月弱…なのか。 「寂しいですか?」  守岡くんはそう言うと、私の目をまっすぐ見た。その目の透明感、純粋さ…お酒の勢いもあって引き込まれてしまった。見つめ合うこと数秒…睫毛、長いなぁ…。  きゅ、と瞳が動く。奥まで見られているような感覚に思わず私の心臓、「どきん」と跳ね上がった。  さりげなく視線を外し、運ばれてきたレバーを串から外しながら、敢えて興味無さげに言う。 「全然寂しくないし」 「じゃあ、寂しくなるように親密度を高めます」 「は?」 「僕、エリカさんのこともっと知りたいです」 「どういう意味?」 「僕のこと、嫌いですか?」 「いや、嫌い、じゃない、けど、付き合ってる人、いるから…ごめん」 「知ってます。金曜日ダッシュ帰りなのは、デートなんだろうな、って思ってましたから」  え…?知ってて、彼氏いるのわかってて…アピってきたの? 「僕、エリカさんのことが好きです」  突然の告白に、耳を疑った。周りからも音が消えた。  その場にいた人たちは…他のお客さんもスタッフさんたちも、みんな耳をそばだてて私たちの動向を気にしてる…。 「守岡くん、ちょっと外で話そ、出よ?」  慌ててお会計を済ませて、外へ。まさかこんな、公な場所で告白されるなんて…焦る、冷静にならなきゃ。  強気。からかわれてるのかと思ったけど、彼氏がいるだろう相手に告白してくるなんて。  勇気がありすぎるのか、空気読めないのか。それとも…傷つくのが怖くないんだろうか?断られることなんて、想定していないとか? 「エリカさん、どこか入りませんか?」 「歩きながら話そうよ」  歩きながらのほうが、周りに会話を聞かれない。ぎこちない空気になったらすぐに帰れるし。 「ヒールで歩くの、辛いですよ。店、入りましょう」  あ…こういうところに気がつく人なんだ。よく見てる。  結局、近くの喫茶店に入って、飲み物を注文して。一息ついたところで…ここは私からちゃんとお断りをしないと、と気持ちを強める。 「あの、さっきも言ったけどさ」 「はい」 「私、付き合っている人いるし、守岡くん10歳も下だし」 「はい」 「だから…恋愛対象とかじゃないんだよね」 「っていうことは、恋愛対象になるかどうか一瞬でも考えた、ってことですよね?」  何か違う。言葉尻捉えられて、違う方向に行ってる気がする。 「お飲物お待たせしました」  お店の人が、アイスコーヒーを2つ置いていった。グラスの中の氷が、からん、と音を立てる。 「付き合ってる人がいても、結婚してるわけじゃないし。僕にチャンスください」 「チャンスって…」 「エリカさんを僕に惚れさせるチャンス」 「ちょっと、勝手なこと言わないで」  八田くんがいるのに、他の男性…しかも10歳も年下に告白されて。  八田くんに知られたら嫌だし、すごく困る。  なのに…。  ドキドキしていることが、否定できなかった。
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