第三章 横文字は通じません

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第三章 横文字は通じません

 翌日から、オレと六衛門の奇妙な生活が始まった。オレの感覚は「日本語が多少通じる留学生をホームステイさせている」といったところだ。 「神崎殿の家は魔術でもかかっておるのだろうか」  オレは味噌汁を作りながら、六衛門のころころ表情が変わるのを眺めている。 「昨夜は厠を拝借したが、なんとも奇妙な石の中に小川が流れておって…」  もう説明するまでもないが、六衛門はトイレの水洗について興奮しているようだ。事前に使い方は教えてやったんだけど、実際に見てみると驚くことばかりだったらしい。 「なにやら壁の丸いでっぱりを押すと勝手に水が流れてくるとは…どのような仕掛けになっておるのか、まるでわからん」  オレはそんな六衛門が面白くて仕方がないんだけれど、だからといって彼を馬鹿にするような気持ちにはなれなかった。彼らのようにどんな劣悪な環境になっても、生活苦になっても己を律し、気高く生きてきた先人がいたからこそ、今の日本があるのだと思う。確かに過去に比べてとんでもなく技術が進歩してはいるが、物を創造し得る力と忍耐力は先人からの教えがあってこそだと思うのだ。 「…そうだ、歯ブラシの予備とかあったかなぁ…。六衛門も歯を磨かないとね」  オレは出来上がった味噌汁の鍋をコンロから下ろすと、洗面用具の入ったキャビネットをごそごそと探す。すると、以前、カラオケの店でもらったグルーミングセットが出てきた。歯ブラシと麺棒、髭剃りなど簡易的なものが入っている。
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