第三章 横文字は通じません

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「六衛門ー!ここにグルーミングセット…いや、身支度が一式そろってるから歯とか磨くといいよ」  そう、横文字は通じない。ここはまぎれもなく現代日本であるけれど、六衛門に合わせて言葉遣いも変わる。    カラオケかぁ…。遅くまで騒いで楽しかったこともあったよな。  学生の頃、自分は本当にろくでもない奴だった。ワイワイ騒いで、就職活動に皆が必死になっている傍らで、適当に生きていた。ずいぶんと内定を早くからもらえたから、その会社に就職すればいいや、と安易に構えていたら、入社2年目ぐらいから業績が悪化し、あっさりと解雇されてしまったのだ。  そんな中、学生の頃から付き合っていた亜希子は何度もオレを諭し、時には励まし、支えてくれていた。会社をクビになったときも、再就職先を一緒に探す手伝いをしてくれた。けれど何か特技があるわけでもないオレは面接が落ちるたびにやさぐれてしまい、亜希子と言い争いの末にそれっきりとなってしまった。  亜希子のことなんか今の今まですっかり忘れてしまっていたのに、ふと人恋しさを思い出してしまったのは、六衛門がここに来たからだろうか。愚痴る相手もいなかったら、永久に亜希子のことなんて思い出しもしなかったかもしれない。 「神崎殿、これはどのように使うのであろうか?」  歯ブラシを手にしたまま、六衛門は歯ブラシの毛束をにらみつけている。 「ふふふふふ…」  もう、六衛門、あなたって人はなんて人なんだろうね。オレが落ち込みそうになると、そこに居てくれるだけで笑っちゃうんだから。
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