02.“今回”の出張業務

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02.“今回”の出張業務

 俺と館長と活字中毒者(エクリッター)と彼女が館内に戻ると、本の虫(リベウォエッセ)達が様々な作業をしている。当初図書館司書たちは俺を含め、館長の報じたその真実に驚愕した。しかし彼らの知識や能力を見せられては納得するしかなかった。彼らの突然の登場に図書館が色々と変わってしまうのではないかと危惧したが、もたらされた変化はいい変化しかなかったのだ。  このイージス図書館は元々修復や保存に特化している。それにこの辺境の地にあるということもあり、配属された司書の中には、優秀だが張り合いがないと感じる者も多いのだ。そう感じたものは異動願いを出し、すぐに去るのが通例だった。  そのためこのイージス図書館に長らくいる司書たちは、自然に修復や保存の技術の専門家になっていく。しかし長らくいると、その技術の向上に力を入れるしかなくなってしまう。  だが本の虫(リベウォエッセ)達がその通例を覆した。彼らがもたらす知識は底を知らない。修復や保存の知識はこのイージス図書館以前に、この国には必要不可欠なものだ。特に政府が都合のいい事実をねつ造している今は。  そんなわけで本の虫(リベウォエッセ)達はイージス図書館に瞬く間に馴染んでいったのだった。  しかし今回はまた一段とにぎやかになりそうだ。本来なら図書館で音を立てることはご法度だが――常時閉館しているイージス図書館では――この決まりは形骸化されているようなものだ。  だが意外にも活字中毒者(エクリッター)達は――先程の彼女の一声と、お望みの本を読めると知ったからか――絵に描いたようにお行儀がよかった。外から戻った彼らは目をキラキラ輝かせることは忘れずに、静かに観覧している。思いのほかスムーズに館内の案内は終わり、拍子抜けしてしまった俺だった。  活字中毒者(エクリッター)達に手伝ってもらうことになる業務に関し説明を教えた後、俺と彼女は館長室に戻った。嫌な予感しか感じないが、俺の思いとは裏腹に彼女はどこか楽しそうだった。やはり同胞ともいうべき、本の虫(リベウォエッセ)達が全員保護されたのが嬉しいのだろうか?  活字中毒者(エクリッター)達の合流が遅れた訳には、様々な理由があるという。そのもっとも大きな理由の一つは、彼らの生態にある。  幼い活字中毒者(エクリッター)達は、どんな内容でも知識になってしまう。俺たちにとっては周知の事実であっても。  例えばこの食べ物はどんな名前なのか。それすらも吸収してしまうし、幼いため自分の知識をコピーして吸収する加減を、まだ習得していないという。  本の虫(リベウォエッセ)たちが台頭していた太古や百二十年前ならば、それは図書館で学んでいくものだったという。図書館の本や流行している本を用いて、どう知識を吸収してその本から直接奪うのではなく、コピーして自分に刻みつけるか。  それを学ぶことで活字中毒者(エクリッター)達は様々な本の虫(リベウォエッセ)に分化するという。  館長室に戻ると、館長は普段以上に穏やかな笑みで出迎えてくれた。俺はその笑みが悪魔の笑みに見えた。 「活字中毒者(エクリッター)達がこの図書館を気に入ってくれたようで何よりだよ」 「こちらこそありがとうございました」  彼女が穏やかに微笑む。俺は内心で見蕩れている自分を叱咤した。 「本の虫(リベウォエッセ)達は私が思っている以上にいい仕事をしてくれたよ、それと予想以上に知識の断絶が起こっていることもよく分かった」  館長が顔を険しくさせた。俺は居住まいを正した。   「そこで当初の予定通り、この国の知識を探してきてほしい」 「今回は何を探せばいいのかしら?」  彼女はすぐに返事をした。迷いはない様子だ。 「ウィガール図書館って知ってるかな?」 「……シュスパにある図書館よね?」  シュスパというのは、このカンタレス共和国の南東にある地域だ。俺は彼女の一拍おいた物言いが気にかかった。 「そこにあるエメラルドタブレットを回収してほしい」 「錬金術の奥義が記されているといわれるものね?」 「流石話が早いね」    このトントン拍子に進む様子に俺が口をはさむ余地はない。というよりここまで行くと、ここにいること自体が場違いなのでは? と勘繰りたくなってしまう。  しかし先ほどから館長は彼女と俺を交互に見ている。視線を駆使することで、三人で会話している雰囲気を崩さないのだ。  この図書館のナンバーワンに気を使われていることに、俺はいたたまれのなさを感じた。 「でもさすがに簡単にとってこいと言って取ってこられるものでもない。それにこの回収の本質は、この国にある歪んでいない知識を収集し保管することだ。つまり回収して終わりというわけではない」  ここで館長が俺たちの目をしっかりと見た。これからが一番大切な話を始めるという合図だろう。 「ウィガール図書館に知識を保管しつづけるための協力を取り付けたい。最悪、エメラルドタブレットは後回しでもいい。それに材質がエメラルドだ、もう間に合わない可能性がある」  館長は至極残念そうだ。彼女もそれに同調しているように頷いている。今までの会話は説明がなくても理解できたが、さすがにこの一言には口をはさむしかなさそうだ。  あまりやる気のあるような態度は、相手に期待させることになるので取りたくはないのだがここは諦めたほうがいいだろう。こういう情報の取得を怠ると色々と面倒だ。  それはこの目の前の彼女の存在が証明している。 「材質がエメラルドだと何か問題が?」 「端的に言うと保存に向いていないんだよ、とても傷つきやすいしね。保存の観点からするとエメラルドに碑文を刻むだなんて、正気の沙汰ではないね」 「だからこそとても貴重なのでしょうね」彼女が同調するように補足する。 「そんなに傷つきやすいのか?」 「内部に傷があることが普通なくらいには傷つきやすいわ、エメラルド自体は高度が硬めの石だけれど、内側に傷があることが多いから、加工する職人泣かせの石って言われているらしいの。だからこそ石版といわれるくらい、大きいエメラルドに刻まれているから芸術的価値も高いわ」 「そういうことか……」  俺はその説明に納得した。  確かにそれなら本の虫(リベウォエッセ)以前に――このイージス図書館にも、技術が敵わない図書館で現存しているのかすら怪しい。残念だが、そういわざる得ないだろう。 「では早速準備しますわね? シュスパなら遠出になりますし」 「あぁ、頼むよ」  館長がにこやかに彼女に伝え、彼女はそのまま出ていった。しかし俺はその場から動くことは出来なかった。  俺は本題を伝えるために、しっかりと館長を見据えた。
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