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03.秘密裏な本来の目的
「彼女とは協力できません。飢えているからといって人を襲うだなんて、知性ある者のやることではないでしょう? 館長のその使命感は素晴らしいと思いますが、やるなら他の人をあたってください」
「そんなに彼女が嫌かい?」
館長は俺の言うことなどお見通しとでもいうように、にんまりと笑った。俺はその笑みに居心地の悪さを感じながらも頷いた。
「確かに彼女たちは真実をゆがめている政府の敵でしょう。ですがこのイージス図書館に利益をもたらす存在かどうかは別です。本の虫自体はいいとしても、人を襲った彼女を信用するのはいかがなものかと」
彼女たちのことに関して、ゆがめられていない情報を手に入れたいと思い、このイージス図書館の司書日誌を洗いざらい読み込んだ。古文で書かれているものもだ。なんとか辞典とにらめっこしながら調べ、特に百二十年前前後に関しては詳細に確認した。
そこで分かったのは、いまの本の虫がいる図書館が、有史でみると常識だということだ。ここ百二十年の本の虫がいない図書館自体――いや、そんな国自体が異様であり、あり得ないことなのだ。
革命がおこり、以前の王朝が滅ぼされ、新しい王朝が生まれる。そんな時でも本の虫が図書館から離れることはなかった。
この国の支配者が変わり、以前の国名が人の記憶から消えてしまったとしても。本の虫達の存在が認知されなくなることは、全くなかったことが確認できたのだった。
俺はようやく、その作業を通して館長が心から危惧していることが把握できた気がした。
しかし彼女を受け入れるのはまた別の話だ。彼女が存在を否定されている本の虫じゃなかったら、きっともう犯罪者になっている。
しかも被害者の理想の姿に表れるという狡猾な手口にも嫌気がさす。生態といえばそれまでだが、あれではどんな人間でも、言うことをききたくなってしまうだろう。
それに彼女は虎視眈々と希少な情報を狙っている。そんな盗人と関わることは俺としては許容できないのである。
「それに彼女が狙っているのは、俺の身内が詳細に知っている軍事機密です。彼女がその知識を手に入れることを許容できません」
「……それは彼女が死んでしまってもかい?」
「はい?」
俺は唐突な言葉に思わず聞き返した。
「君は彼女の存在を受け入れられないのは、その行動が未知のものだからかい? それとも君を襲ったからかい?」
「それは……」
「君はそれをしっかりと見極めなければならない」
館長はしっかりと俺を見た。その表情はいつになく鋭くうろたえることしか出来ない。穏やかだけれども、だからこそこの館長は恐ろしい人だった。
「それに君はもう姿を彼女に与えてしまった。それだけで本の虫側からしたら契約になる。事故だとしても、それは人間にしか適用されないルールだ」
「しかし俺は人間です」
「だからこそ難しいのだよ。だから彼女にもタレス君を知ってもらわないと、そして君も彼女について知らないといけない」
館長は席を立って、ある書状を出した。その書状の入った封筒には、ウィガール図書館館長ゲレオン=プライスラー様とあった。
「これは紹介状だよ、もう手紙ではお互いに技術提供しようという話はしていてね、ほぼ話は通っている。あちらの司書にもこちらに来てもらう予定があってね、君たちはその第一弾というわけだ」
「別に俺じゃなくても……」
「違う図書館で特別な業務に取り組んでもらうからこそ、彼女を見極めることもできる。私がいったことを過不足なく行えれば、君も彼女のことを信用できる。出来なければ見捨ててもいい」
「はい? 今なんていいました?」
さすがに都合のいい幻聴だと思い、すかさず訊き返していた。
「見捨ててもいいといったんだ。君は彼女がどうなってもいいのだろう?」
「いや、それは……」
「じゃあ、君はどうしたいんだい?」
先程から正面から聞いてくる館長にどうしていいのか分からなかった。湾曲な言い回しで嫌味を言われることは多々あっても、ここまで真っ直ぐに真意を聞かせてほしいと言われたことは、いままでなかった。
「俺は罪を償ってほしいだけです」
なんとか絞り出した一言に俺は内心で自嘲した。
「罪? 君は彼女が襲いかかってきたことかな? 君はその件に関してずっと気になっているようだ。確かに衝撃的な初対面だっただろうし、それは仕方がない。でも彼女がどうしてくれれば満足出来る? 政府は彼女を裁けないんだ。君が彼女を裁くしかないんだよ? 当事者の君がね」
「確かにそうですけど、俺は……」
「君は彼女が来てから色々と悩んでいるようだということには気づいていたよ、しかしこればかりは君たち二人が決めることだ。私からはそうとしか言えないよ。この機会に彼女をどうしたいのか決めてほしい、これは上司としての話だ」
「……分かりました」
温厚な館長にそう畳み掛けられると後には引けなかった。
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