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04.遠足と小休止
「みんな準備はいいー?」
「はーい!」
「勿論!」
「準備できてるよ!」
「早くいこうよー」
「ごはんごはん!」
イージス図書館の入り口はさながら幼稚園だった。
活字中毒者達は遠足気分のようで、こちらも高揚してしまいそうなほど楽しそうだ。しかし俺は活字中毒者達の態度とは裏腹に気が重かった。これから彼女とイージス図書館の分館に行かなければならないのだ。俺と彼女と活字中毒者達とでだ。
無邪気を絵にかいたような活字中毒者達はまだしも、彼女といることは気が重い要因でしかなかった。
なぜこのような状況なのかというと、活字中毒者達は様々な環境に触れたほうがいいからだという。
それと――図書館側としてはこちらの方が重要かもしれないが――あちらの方が狭いため、活字中毒者達へ目が行き届きやすいというのもある。活字中毒者達は本当に知識を覚えるのが早いが、一気に吸収しすぎて――人間でいう所の食あたりだ――倒れることも良くあるという。あちらの方が狭いので、自ずとそんな状況になっても分かり易いということだろう。
俺は館長から車を借りて、彼女たちを乗せ分館へと向かうことにした。
「うわーこれが車!」
「すごいすごい」
「広ーい!」
「りあ前に乗っていいよ」
「これなに?」
俺は運転席のハンドルに興味を示した、活字中毒者達の腕をすぐさま掴んだ。
「これはハンドルっていうんだ、車で曲がるときに使うものだ、危ないからさわっちゃだめだぞ?」
「はーい」
活字中毒者達は誰かと違って聞き分けが良いようで安心する。俺は好奇心全開で騒ぐ活字中毒者の声をBGMにしながら、出発することにした。助手席にいる彼女を目に入れないようにしながら。
「ついたー」
「わーい」
「くるまってどうして大きな音がするの?」
「くるまって何で何で出来てるのー」
「車から出ている煙はなーに―?」
イージスの分館に着いた。
こちらに着いた途端、活字中毒者達は俺を質問攻めにしてきた。彼女に質問しないのが意外だった。きっと彼女なら何でも知っているに違いない。
俺は不可解に思いながらも、活字中毒者達をなだめ館内へ入っていった。
「あらごきげんよう、こちらの銀髪の御嬢さんたちがいろいろ手伝ってくれるのかしら?」
分館長はにこやかにそう出迎えてくれた。柔和なお金持ちな六十代ほどのご婦人といった雰囲気だが、結構厳しい人だということを俺はよく知っていた。
「お久しぶりです分館長」
「フラッツォーニ君も元気そうね」
「お蔭様で」
「彼女たちが手紙で伝えていた“助手”です」
「そう、よろしくね」
分館長は活字中毒者達に目線を合わせるようにしゃがんだ。エクリッターたちはその気遣いが分かったようで、にこにこと自己紹介していく。気安く手をつなごうとしているものもいた。その姿を見ているとまるで――分館長には言えないが――祖母と孫のように思えてくる。とても不思議な光景だった。
「じゃあフラッツォーニ君は分館長室で待っていてくれるかしら? 私はこの子たちに分館の案内をしてきます。あと貴女は」
視線を向けられた彼女は、なんだか意外そうに分館長を見つめる。
「あなたはお好きに閲覧していただいて構いませんよ、好きなものを吸収してくださいね」
「ありがとうございます」彼女の声は舗装されている道のようにとても平坦だ。
俺はそこで一度彼女たちと別れた。
○●○●○
俺はため息を吐き、分館長室の来客用ソファーに腰を下ろした。やっと肩の荷が下りた気がする。化け物といってもいい彼女たちと同じ空間にいることはとても疲れる。
あの異様なまでの整った容姿と優れた知識は、俺を萎縮させる。頭も良くて顔もいいだなんて本当反則だ。
俺は気づかないうちに眠ってしまったようだった。欠伸を噛み殺し背伸びをすると、分館長と目があった。分館長は備え付けのデスクを挟んでこちらを見ていた。俺は気まずくなり慌てて立ち上がる。
「最近色々疲れているみたいだけれど、大丈夫?」
分館長は席を立つと、俺ににこやかにチューインガムを渡してきた。俺は受け取ることしか出来ず、席に戻った。
「大丈夫です、お気づかいありがとうございます」
俺の言葉が、強がりだと分かっているだろう笑みに逃げ出したくなる。分館長は本当に柔和な雰囲気そのままの穏やかな人なのだが、その優しさが痛い。
図書の修繕の仕上がりに対し、もっと良くなるようにと助言をくれるときも穏やかさはそのままに、厳しく指摘してくる人だ。俺がこちらに来た時、一月こちらで研修をしたが、色んな意味でぶれない分館長の言葉は身に染みるのである。いつも穏やかなので、内心が読みにくい人だ。
「苦労してるみたいね、あのことを知っているの貴方と館長だけなんでしょ?」
「分館長も知ってるんですね……」
「みんな忘れているみたいだけれども、私は一応館長の次に権限を持ってますからね」
そう、時折こういうことを笑っていってくる人なのだ。そのため俺は分館長と話すのが苦手だ。稀覯本狂の彼女とは別のベクトルでである。といっても館長とは別の方面で尊敬できる人であるし、頼れる人なのだが。
「そんなフラッツォーニ君に読んでほしいものがあるのよ」
分館長はデスクの隣にある書庫から、とある本を取りだした。いや、本ではない。日誌のようだ。しかし司書の日誌とは幾分違うように思える。
「これは?」
「ここの司書だった人の研究日誌よ、本の虫のね」
「えっ?」
俺は驚きと共に、その日誌を手に取る。とても古い研究日誌だからだろう、日誌にはこの分館の匂いが染み込んでいて、ページ自体が手によくなじんだ。
「持っていってくれていいわよ、貴方に一番必要でしょうから」
「ありがとうございます」
「それにしても本当にきれいな子たちね、あんな人たちが身近に居ただなんて信じられないわ」
「えぇ、本当に」
それだけは心から賛同できる。外見も勿論だが、内側から生命エネルギーとでもいうのだろうか? そんなものがにじみ出ているようで、とても活き活きしているように見える。
彼女たちがいるとどうしても人目を引くし、人を惹きつける雰囲気がどの本の虫にもある。一人で外を歩かせることをためらうくらいに。
「だから、貴方の思うことは間違いじゃないのよ?」
「それはどういう……」
「貴方が一番彼女たちの危険性を知っている、フラッツォーニ君に起こったことも彼女たちの事実だってこと。私も館長も貴方の観察眼を信頼しているのよ」
分館長はここでにっこりとほほ笑んだ。普段以上に穏やかで俺のことを思いやってくれている笑顔だった。しばらくここでゆっくりしていくといいわ、そう分館長は立ち去って行った。
俺は分館長には何も構わないなと思い、言葉に甘えることにした。ここから彼女との戦いに備えなければならないのだから。
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