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⒉ 選考
そして迎えた本入部当日。
音楽室に今年度の吹奏楽部員が集まった。
1年生は教壇に体育座りで身を縮めている。この人数でこの教壇の中に収まるように座らなければいけないって、結構キツいよね。
舞莉は頭を動かす。誰が入部したんだろう。
「ねぇねぇ。」
舞莉の左肩が誰かに叩かれた。
「名前なんていうの。」
左を向くと、隣に座っているミディアムくらいの髪の長さの人が舞莉を見ていた。
「私は羽後舞莉。」
「私は上野茶羽(うえの さわ)。舞莉ちゃん、よろしくね。」
「こ、こちらこそ。」
茶羽は舞莉のジャージの刺繍を見ている。
「羽に後って書いて『ひばる』って読むんだ!珍しいね。」
「そうだね。漢字だけ見ても絶対に読めないと思う。『上野』だったら絶対に読んでもらえるのに。」
「上野は読んでもらえるけど、名前はすぐには読んでもらえないよ。茶羽ってお茶の茶に羽って書くんだけど、読む人は一瞬『ちゃば』とか思ってるはず。」
そう言って、茶羽は笑った。自虐でも『ちゃば』はないだろと、舞莉も笑った。
見ず知らずの人に話しかけるなんて、私にはそんなのない。社交的な人だな。
ぼっちの舞莉にとって、他人に話しかけられるのは一体何日ぶりだろうか。いや、最後に話しかけられたのは小学校の卒業式だから、1ヶ月ぶりくらいだ。
そんなレベルで人と話してないのか、私。
すると、例のトロンボーンの先輩が手を叩いた。あの動物園のようにうるさかった音楽室が一瞬で静かになった。
「これから歓迎会を始めます。黙想。」
この学校では、朝の会や帰りの会の始めに黙想が取り入れられている。確か、朝の会は「今日1日どのように過ごすか考える時間」で、帰りの会は「今日1日どのように過ごしたか振り返る時間」とか言っていた気がする。
そんなことを考えていたら「やめ。」の声が聞こえた。
「それでは部長・副部長の紹介です。」
長めのポニーテールに黒いメガネをした、いかにも賢そうな人が1歩前に出た。
「部長の上野亜結(うえの あゆ)です。トロンボーンパートのパートリーダーです。よろしくお願いします。」
上野……あれ、聞き覚えが……。そうだ、私の隣に座っている人。もしかしてお姉ちゃんだったりして。
「副部長の弓削夢羅(ゆげ くらら)です。フルートパートリーダーです。よろしくお願いします。」
弓削先輩もポニーテールで黒メガネをしているが、割と小柄な方だろう。それより、こんなにフルートが似合う人はなかなかいないだろう。
「同じく副部長の松本塁斗(まつもと るいと)です。トランペットのパートリーダーです。よろしくお願いします。」
吹奏楽部に数人しかいない男子のうちの1人である。ピアノに寄りかかりながら言ったせいか、ぶっきらぼうに聞こえた。
「次は2・3年生に自己紹介してもらいます。えっと、学年と名前と今年の抱負を言ってください。」
上野先輩の言葉にブーイングが上がる。
「上野たち抱負言ってないじゃん。ずるいよ。」
膝の上にサックスを乗せた1番前に座っている先輩が、上野先輩を指さす。
「分かった、分かった。お手本として私たちが抱負言うから。」
上野先輩はその先輩をなだめると、少し考えてから抱負を言う。
「私の今年の抱負は、部長としてみんなを引っ張っていくのと、東日本に行くことです。」
東日本って何だ?コンクールのことか?入部したばかりだからあまりよく分からない。
部長と副部長に続いて他の部員たちも自己紹介をする。3年生は全員「東日本大会に行く」という目標を立てていた。本心から思っているのか、流されて言っているのかは分からないが。
「すみません、遅くなりました。」
みんな一斉に声の方を向いた。白髪でスラッとしたおじいちゃん先生だ。
「上野さん、どこまで進めましたか。」
「今、2・3年生の自己紹介が終わって、これから1年生にやってもらおうとしたところです。」
「分かりました。続けてください。」
先生はピアノ椅子に座り、足を組んだ。
「次は1年生に自己紹介をしてもらいます。1年生は名前と何か一言、例えば抱負とか入りたいパートとか、そういうのを言ってください。」
松本先輩が上野先輩に耳打ちをする。微かに「誰からやるんだよ。」と聞こえた。
「じゃあ、1年生から見て右から。1番前の人から順番に横に言って行ってください。」
よかった、反対側だ。だいたい真ん中くらいだから、前に言っていたやつをパクればいいか。
そして、舞莉の番が来た。
人前で発表するの、まぁ発表じゃないけど、ホントに苦手だなぁ。心臓の音がはっきり分かる。唾を飲んで立ち上がった。
「羽後舞莉です。クラリネットを希望しています。練習を頑張って先輩方と早く一緒に演奏したいです。よろしくお願いします。」
おぉ。と声が上がる。他の人より一言多く言ったからだ。
ふう、何とか自分で考えたことも入れたし大丈夫だよね。
しかし、次の茶羽の番で、その考えは脆くも崩れ落ちた。
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