⒉ 選考

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 入部から3日後、舞莉のグループは入部後3回目のクラリネットを体験している。クラリネットの時はいつも調理室で体験する。 「あれ、今日 真帆いないの?」  三宅先輩が、偶然調理室にいた明石先輩に声をかける。 「えっと、塾があるみたいで。」 「また塾?しょうがないかぁ。今日、3年で部活出てるの私とますかだけだよ。人足りないから、妙ちゃん、1年生に教えてあげてくれる?」 「えっ!私ですか?分かりました。」 「じゃあ、あそこの舞莉ちゃんよろしく。あの子よくできるから、あまり教えなくても大丈夫かも。」  と、微笑する。  明石先輩が対面で座り際に「舞ちゃん、そんなに上手いの?」と聞いてきた。 「さぁ?……分かりません。」  上手いかどうか聞かれても、よく分からない。  ……当たり前だ。  楽器経験は、幼稚園の時にベルリラという鉄琴のような鍵盤打楽器、小学校の時に鍵盤ハーモニカとソプラノリコーダー、昨年クラスで発表した時にやった小太鼓(スネアドラム)くらいしかない。クラリネットの経験は皆無である。  マッピにリードとリガチャーをつけてもらい、下唇を少し巻いてマッピを咥える。息を吹き込む。  一発で音が鳴った。 「えっと、クラ吹くの何回目なの?」 「多分5回目くらいです。仮入部と合わせて。」 「そんなにやってるんだ!2年はいつも個人練だから、全然1年のこと分からなくてさ。」  マッピにバレルをつけてもらう。それを吹く。 「すごい、早いね!」  そして、また音階の練習だ。前回はドからラとドから低いソまでは出たが、今回はどうだろう。 「まずはドからやってみようか。」  さすがの5回目なので、もう覚えている。勝手に指で押さえた。 「そうそう、吹いてみて。」  1発で音を出してみせる。 「じゃあ、次、レ、ミ、ファ。」  先輩が言った後に追いかけるようにして音を出す。 「ソ。」  ソってどう押さえるんだっけ。 「えっと、全部離して。」  そうだった。 「ラ。」  ラは上のキィを押さえるから……。 「そうそうそう。すごいなぁ、ラまで出るんだ!じゃあシもやってみようか。」  でもこれが難しいんだよね、と明石先輩。 「ここと、ここと、ああ、小指はここで、そうそう。」  いきなり指で押さえるのが複雑になった。 「これで吹いてみて。」  そう言われたので、息を吹き込んだ。  耳を貫くような、尖った音が出た。リコーダーの穴がしっかり塞げていない時に鳴る音と似ている。 「ここが塞げてないよ。」  そう言われて直しても、あの音は出てしまう。 「まあ、難しいよね。私なんか、クラ吹き始めて1ヶ月でやっとシが出たんだもん。」  指の位置を修正しながら何度か挑戦する。 「あっ、今ちょっと音出たよ!」 「本当ですか!」  つい嬉しくなって、もう1回吹いてみる。  スゥー、ピッ、スー、ピィ 「えっ、すごいすごい!」  と、明石先輩が興奮気味に手を叩いた直後。 「もう時間だから終わりにしてー。」  三宅先輩の声が聞こえた。  マッピとリードを調理室の水道で洗って、三宅先輩に渡した。 「ジャスミン先輩、舞ちゃんすごいですね。」 「でしょ?飲み込み早いよね。」 「シがもうすぐで出せそうなんですよ。」  調理室の去り際に、先輩たちの会話が耳に飛んできたのだった。
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