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さっきのフルートパートは一人一人に先輩がついてくれていたが、クラリネットパートは先輩1人で教えるらしい。
「パートリーダーの山下真帆です。」
と言って、ジャージの名前の刺繍を指さした。
「じゃあ、この『マウスピース』、略して『マッピ』って言うんだけど、これで吹いてみようか。」
フェイスタオルの上に5つころがっているのがマウスピースと言うらしい。
「これは『リード』と言って、マッピにつけて吹くと、これが振動して音が鳴るんだ。で、これを留めるのが『リガチャー』。」
木の薄い板のようなリード、金色の輪っかにネジがついているリガチャー。フルートよりパーツが多そうだ。
「あっ、マッピにつける前にリード舐めてもらおうか。」
な、舐める!?
舞莉たちにリードが手渡される。山下先輩は自分のリードで手本を見せる。
「ほら、こんな感じで。」
舞莉たちは目配せをして先輩の真似をする。もちろん味がする訳でもないが、これはどういう意味でするのだろう。
30秒ほど経って先輩が、「もういいよ。リード私にちょうだい。」と言ってきたので、端の人から順にリードを渡していった。先輩はそれをマッピにつけ、リガチャーを上から通してネジで固定する。
「よし、音出してみようか。こうやって下唇を巻いて、そのままマッピを咥えて。そしたら息を入れて。」
ピーッ
こんな音がするのか、意外と高い音。
「みんなもやってみようか!」
先輩に促され、またも目配せをした。下唇を巻いて、咥えて、息を入れる。
スゥー
……出ない。もう1回!
スゥー
あれ、ほんとに音出るのか、これ。
他の人を見ても、みんな音が出ていない。舞莉と同じように息が漏れる音がするだけだ。
どうしよう。これで音が出なければクラリネットは吹けない。私の憧れが……。
こんな状態が5分くらい続く。舞莉は1回だけまぐれであの音が鳴りかけたが、それきりだ。
「真帆、1年どう?音出せた?」
準備室から3年生が出てきて、山下先輩に尋ねる。
「それが……、1回前の1年も、この子たちもできなくて。どうしたらいい?」
山下先輩は目を伏せる。
「うーん……。1回みんなやってみて。」
マッピを咥えて息を入れても、やはりあの音は鳴らない。その先輩は何か閃いたようだった。
「みんな息の量が足りないよ、真帆。これじゃあ弱すぎる。」
その先輩は舞莉たちに向き直って言った。
「みんな、もっと息を入れて!リコーダーと違って、たくさん息を入れないと鳴らないんだよ。」
もっと必要なのか……。それなら。
スゥー、ピィッ
「あっ、もう1回もう1回!」
山下先輩が私を見て小さく拍手をする。
ス、ピーッ、ピーッ
「出た出た!よかったぁ。」
山下先輩は胸を撫で下ろす。
「ジャスミン、ありがとう!助かった……。」
「どういたしまして。じゃあね、真帆。頑張ってねー!」
そう言って、また準備室へと消えていった。
「次はバレルつけて吹いて……」
「回してください。」
山下先輩の言葉に食い込むように、トロンボーンの先輩の声が響いた。
えっ、もう終わり?もう15分経っちゃった?
「あー、終わっちゃったか。」
山下先輩は音楽室の後ろの壁にある時計を見て、ため息混じりに呟く。リガチャーのネジを緩めてリードを外すと、マッピとともに舞莉に渡した。
「これ、向こうの水道で洗ってきて。リードの薄いところは触らないでね。」
先輩の目の先には入口近くにある2つの洗面台がある。既に誰かが何かを洗っている。
「あっ、はい。」
舞莉は、洗い終わって先輩のところへ戻ると、リードとマッピを返した。
「ありがとね。またよかったら仮入部来てね。」
「はい、教えてくれてありがとうございました。」
舞莉が軽くお辞儀をすると、先輩はリードを拭いていた手を止めた。少し間が空いてから、
「じゃあね、次はそこのホルンに行ってね。あのカタツムリみたいなやつ。」
と指をさす。
舞莉は返事をし、口を真一文字に結んだ。
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