温泉

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side:川名 『この前真白が変なこと言ってきて』 『本当ヤバいよね。真白って僕のこと好きすぎるっていうか』 『ねえまた真白が』 『真白って』 『まし』 「毎日毎日守門の話を聞かされるこっちの身にもなってほしいんだけど」 守門と付き合いだして以降、蜂谷がかなりうるさい。自覚があるのかわからないけど、守門があんなことをした、こんなことを言ってた、みたいな話を事あるごとにしてくる。そしてそれとなく椿原の様子を聞こうとする。守門と今も関わりがあるのか気になっているんだろう。 「まあ、よかったんじゃない?仲が良いなら」 少し投げやりな口調で、椿原が呟いた。 守門の一連の騒動から1年ほど過ぎた。 今は4年生の8月。卒論には多少苦戦しているけれど、先月内々定が出て就活は終了し、ひと息つけるタイミングで、俺は一時帰国した椿原と温泉旅館へ来ていた。 椿原はこの1年間、相変わらずカナダで研究に励んでいた。今までと違うのは、俺からのメッセージにちゃんと返事をしてくれるようになったことだ。 そんな椿原が、俺を旅行に誘ってくれた。何か意図があるんだろうかと思いつつも、椿原との旅行は初めてでうれしい。宿の近くをふらふら観光した後、今は部屋でまったり休憩しているところだ。 「守門、カナダで就職したいんだって。蜂谷と一緒に。俺そんな発想なかったわ」 「守門はああ見えてめちゃくちゃ頭いいから、やろうとすればできるんじゃないかな」 「……ツバキと一緒に研究したいって言ってたけど」 「え?そうなんだ…」 椿原は苦笑いを浮かべ目を逸らした。 「ツバキは……」 「何?」 「……なんでもない」 ツバキは卒業後どうするの?日本に戻ってくる? そう聞きたい気持ちを抑え、机の上の温泉まんじゅうに手を伸ばした。 「…旅行に誘った理由、気になってる?」 「え、うん」 ツバキは、ここに来るまでにお土産屋で買ったお菓子の箱をカリカリといじっている。 「久しぶりに川名と遊びたかったとか、単純に温泉に行きたかったとか、それはもちろんあるんだけど…」 「うん」 「…川名には、俺が留学した理由、話したよね?」 「ああ…オメガバースの研究が盛んだからだよね?」 「うん。俺はオメガバースをなくしたい。ヒートを発生させなくして、番システムを崩壊させ、最終的には全員がβの世界をつくる」 「途方もないけど、ツバキならできそうな気がする」 「…俺はさ、それを成し遂げたら、川名と付き合えるようになると思ったんだ」 「………え?成し遂げたら?その全部を?」 俺は文系だし、オメガバースに詳しくないから、わからんけど、全然わからんけど…それってめちゃくちゃ先の話なのでは? 唖然としていると、椿原はこくりと頷いた。 「川名の言いたいことはわかる。できるかどうかもわからないし、達成した時にはおじいちゃんになっているかもしれないし、なんなら川名はもう亡くなっているかもしれない」 「勝手に俺を殺すな」 「それでさ、この前これが完成したんだ」 椿原はカバンをごそごそと探り、錠剤が入った小瓶を机の上に置いた。 「え……まさか…?」 「うん」 「全人類をβにする薬…?」 「いや違う」 「………」 この話の流れだったらそう思っても仕方ないじゃないか。 「えっと、じゃあ…ヒートが発生しなくなる薬?すごいじゃん。もう一歩目を踏み出したなんて」 「違う」 「じゃあ何よ」 「白いかたまり」 「…かたまり?」 何が言いたいのかわからず、椿原を見つめた。 「3年かけて新しい抑制剤を作ってみようとしたけど、できたのは白いかたまりだった」 「いや…でも…学部4年なんてそんなものなんじゃ…?」 「俺が天才じゃないことはわかった。いや…わかってたけど、再確認した。大学にはもっとすごいやつがいて、俺が達成できることなんてほんのわずかだ。ちなみに、そのもっとすごいやつらは大抵αだった」 「ツバキだってすごいやつじゃん。Ωになれる香水なんて、他に聞いたことないよ」 「………このままじゃだめなんだよ」 「え?」 椿原は小瓶を人差し指で弄んでいる。 「川名とちゃんと付き合うのは、やっぱり怖い。いつかフェロモンのせいで裏切ることになるから。でも…川名が他の人と付き合うのは嫌で………」 「付き合わないよ」 「恋人でもないのに、そんなに縛られていいの?本当は…佐瀬のがいいんじゃないの…?」 椿原の声は段々と小さくなっていった。 「高校の時、翔也に一目惚れした。付き合ったけど上手くいかなかった。それは結局、俺の中にずっとツバキの存在があったからだよ。今もそう。だからツバキ以外の人とは付き合わない。付き合えない」 「………」 「でもほら、前にも言ったじゃん。ツバキが怖いなら、俺は曖昧な関係のままでいいよ。俺はツバキが好き。ツバキも俺が好き。仲が良いから一緒に遊ぶ。困ってる時は助け合う。そんな感じで」 「ありがとう。でも………怖いけど、このままじゃ嫌だとも思ってる」 「うん?」 「だから今日は、川名に俺のことをもっとさらけ出して、怖さを軽減できないかと思ってる」 「何の話…?」 椿原は小瓶の蓋を開け、白いかたまりを取り出した。 「俺は今からこの自作抑制剤を飲む」 「おお…?」 「周期を考えると、今日か明日にはヒートが来るんだ。だけど抑制剤は持ってきていない。俺が持ってるのはこれだけだ」 「は?薬局で買ってこようか?売ってるよな?」 「買わなくていい」 「………」 自暴自棄にでもなっているんだろうか。 しかし椿原はいたって冷静に話しているように見える。
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