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いつもの朝
結局大会に行くことはなく、俺と佐瀬は家に帰った。佐瀬はわざわざ俺の家まで送ってくれたけど、疲れていてぼんやりしていたから、なんだか夢の中にいるようだった。自分のベッドで横になると、ポケットから椿香水が転がり落ちた。
…これはもう椿原に返そう。
今日のことを話したら、椿原は呆れるだろうか。それとも祝福してくれるんだろうか。
月曜日、家を出たところで佐瀬が立っていた。
「おはよう、景太」
「えっ、なんでここに?」
「一緒に学校行こうと思って」
「いや、翔也、家遠いよね?電車使わないとここまで来られないよね?」
困惑する俺に対し、佐瀬は爽やかに笑っている。
「うん!電車乗った!」
「気合い入ってるなー」
「朝から会いたいから」
…そうか、きっと佐瀬は暇なんだ。朝練に行かないから、時間を持て余している。
「じゃあ行こっか、学校」
「うん!行こう!」
佐瀬はうきうきした様子で俺の手を取った。
「え、つないでくの?」
「だって恋人だもん」
佐瀬はどんと体をぶつけた。
かわいい。ちょっと恥ずかしいけど、これはつないでいくしかない。
駅に着いたところで、椿原を見かけた。
「あ、ツバキー!おはよ」
「川名、おは……え?」
大声で呼びかけると、椿原は振り返り、驚いた様子で近寄ってきた。
「なんで同伴出勤?」
「翔也が迎えに来てくれてさぁ」
「へー…」
椿原は何か言いたげな様子だけど、佐瀬と俺を見比べ言葉を飲み込んだ。
「景太、コンビニ寄りたいな」
佐瀬はつないでいた手をぐいっと引っ張った。
「えー、さすがに時間ないな。もう電車来ちゃうよ」
「………」
「ああ、いいよいいよ。俺一緒に行くつもりないし」
椿原は一歩下がってそう言った。
「えー?目的地同じじゃん。一緒に行こうよ」
「川名は黙ってろ」
「おお?!」
「じゃ、また学校で」
椿原はさっさと改札へ向かっていった。
たぶん気を遣ってくれたんだよな。できる男だ。
佐瀬を見上げると、とてもにこにこしていた。かわいい。
「よかったー、2人っきりだ」
「そんなに2人がいいの?」
「だって、平日は学校の行き帰りしか会えないでしょ?その時間は景太をひとりじめしたいから」
「あ、じゃあ、お昼も会おうよ」
「え?!」
「ご飯一緒に食べよ」
「景太…天才だね…」
「おおげさだなー。…って、早く行かないと本当にやばいよ。電車来ちゃう」
ふわふわしている佐瀬を引っ張ってホームへ向かう。
お昼ご飯…一体どこで食べればエッチな展開へ持ち込めるだろう?検索したい!いますぐネットで検索したい!!
煩悩まみれのまま電車に揺られ、いつもの駅で下りて学校へ向かっていると、学校の周りをぐるぐる走っている野球部集団に出くわした。
そして俺は大変なことを思い出してしまった。
「あの…そういえばさ、翔也、あの後どうなったの?」
「うん?」
佐瀬は無邪気に聞き返す。この話をすると佐瀬の機嫌が悪くなりそうで…少し心苦しい。
「えっと…大会、結局すっぽかしたじゃん。しかも今日も朝練サボってるじゃん。陸上部の人とか……蜂谷から、何か連絡あったかなと思って…」
「あったよ」
「えっ、どんな?」
「んーと、まあ色々。でも大丈夫!陸上はやめるって送っといたから!」
佐瀬はピカピカの笑顔で親指を立てた。
「それ本当に大丈夫なやつかよ?!」
「大丈夫。蜂谷、なんだかんだ優しいし」
「大いなる勘違いだぞ」
最悪山内が出てきて殴られる展開くらい予想しといた方がいいかもしれない。
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