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守門の告白
先に行ってて、と言った通り、守門はまだカフェにはいなかった。ひとまずチャイを頼んで座っていると、煙のようにするりと守門が現れた。
「うわ!びっくりした…」
いつもなら、守門が近くにいるとすぐわかるのに、今はどうしてか…
「解散したばかりなのに呼び出してすみません」
守門はそれだけ言って僕の顔をじろじろと見ている。
「…何?話があるんでしょ?」
「はい…蜂谷くんに話があります。情報量が多いのでどのような順序で話せばいいのか考えているんです」
「そんなの、いつもみたいに言いたいこと全部垂れ流してしゃべればいいじゃん」
「俺はそんなアホみたいなしゃべり方していません。でも…はい。とりあえず、伝えます。今まで騙していましたが俺は蜂谷くんの運命の番ではありません」
「へえ?そうなんだ」
「………」
「………」
守門が黙ったままなので、僕は首を傾げて聞いた。
「…で?なんなの?」
「反応が薄いですね。びっくりしないんですか。もしかしてすでに気づいていましたか」
「いや、知らんけど…。運命でもそうじゃなくても、何か変わるわけじゃないし。どうして運命じゃないってわかったの?」
「ああ、いえ、運命じゃないことが発覚したというわけじゃないんです。俺は、蜂谷くんが俺のことを運命の番だと思うようになる香水をつけていたんです」
守門はカバンから大きめの瓶を出し、テーブルの上にごとんと置いた。
「つまり、俺は蜂谷くんを騙したんです。蜂谷くんと結婚するために」
「運命の番の…香水…?」
じゃあ、守門と出会ってからずっと感じていたあの匂いは、この香水によるものだったってことか。なんだそれ。そんなものがこの世にあるのか。
「俺と凌くんがカナダで一緒に作りました。知らないふりをしてましたが、凌くんと俺は友達です」
「椿原…またこんなもん作ってるんだ。運命の番になれば、身体的にも精神的にも強い結びつきを得られるんだよね?そうやって僕を手に入れようとしたの?」
「違います。運命の番にそんな力はありませんし、俺は蜂谷くんの運命の番になりたいわけじゃありません。蜂谷くんが俺のことを運命の番だと思ってくれればそれでいいんです」
「はあ…?運命の番って思っただけで、僕が守門のこと好きになると思ったの?」
「はい。そう思っていたから、俺は10年以上かけて準備したんです」
「……10年?」
急に長すぎる期間を出されて意味がわからない。僕と守門が出会ったのはつい最近のことなのに……いや、それは違うのかもしれない。カナダで香水を作ったということは、それより前から僕のことを知っていたはずで…?
「…僕たち、どっかで会ったことあるの?」
そう聞くと守門は、ずっと真剣な表情だったのを崩して笑った。
「はい。俺たちは同じ小中学校に通っていました。俺は小学生の頃からずっとずっと蜂谷くんのことが大好きなんです」
「………え?」
9年間、同じ学校に通っていた…?
でも、こんなヤツ見覚えがない。そんなに記憶力が悪いわけじゃないのに、本当に全く…。
「ご、ごめん。全然覚えてない」
「そうですよね」
「小学生の頃から好きだった相手に忘れられてるのに、どうしてそんなに嬉しそうな顔をしてるの?」
「ああ…はい。そこは、計画通りなんです」
守門は満面の笑みを隠そうともしない。いつも邪魔そうだった長めの前髪が割れて、守門の目が輝いているのがよく見える。
「蜂谷くんのことを好きになってからずっと、俺は蜂谷くんの記憶に残らないことを目標に学校生活を送ってきました」
「は…?」
「あの後…倉庫から助け出されて、蜂谷くんのことを好きになった後…俺はすぐ蜂谷くんに結婚を申し込みました」
「え、な、なに?倉庫?結婚?」
「そしたら蜂谷くんは言いました。僕の結婚相手は運命の番じゃないと無理って。だから俺、蜂谷くんの運命の番になることにしたんです」
「あ……」
守門のことは思い出せないけど、その台詞は覚えている。僕が昔、告白してきた相手を振るときによく使っていた台詞だ。可愛い可愛いとちやほやされて、お姫様気取りだった時の…。
本当はそんな理由じゃなかった。本当は、僕は…。
「あの時はまだバース性が未分化でしたが、俺が蜂谷くんの運命の番である可能性はきっと限りなく低いと思いました。だから俺は、いっぱい勉強して、蜂谷くんの運命の番になれる薬を作って、そして蜂谷くんにプロポーズしようと思いました。そのためにはまず、蜂谷くんの記憶に残ってはいけないと思ったんです。蜂谷くんと知り合いだったら、本物の運命の番じゃないっていうのが、すぐバレてしまいますから」
「…守門は全部実行したんだ」
「はい!満を持してプロポーズしたのに断られたので驚きました。運命の番と結婚するというのは、嘘だったんですか?」
……重い。思いが、重すぎる。
だけどどうしてか、僕の心臓はドクドクと強く震えている。体の中の、生命を生みだす場所が、きゅっと熱くなっている。
「あんなの…冗談だったよ。運命の番なんて信じてなかったから、ただ告白を断るための方便」
「なるほど。あの時ちゃんと確認していればよかったですね」
「なんでそんなに冷静なの?守門は10年以上、無駄な努力をしてたってことなのに」
「無駄じゃありません。だって今、ここでこうやって蜂谷くんと話せています。小学生の頃は雲の上の存在だった蜂谷くんが、俺の目の前で俺の話を聞いてくれているんです。こんなに幸せなことはありません」
守門は息を大きく吐いて、手をぎゅっと握りしめた。
「…今ならわかります。蜂谷くんが全ての告白を断っていた本当の理由」
「守門…」
「好きな人がいたんですよね。あの頃も今も、蜂谷くんには好きな人がいますよね」
「………」
「俺の計画は完璧だと思っていましたが、前提が間違っていました。そして、さっきまた別のほころびが見つかりました」
「何それ?」
「この香水には、副作用があったんです。不完全なものを蜂谷くんに使ってしまい、俺は科学者失格です。香水が完成して、ついに蜂谷くんと結婚できるという達成感から、焦ってしまいました。ごめんなさい」
「副作用…?」
胸騒ぎがする。この先の話を聞いてしまうと、もう元には戻れないという不安…。
「副作用は3つあります。まず、軽い依存性です。蜂谷くんは実感していますか?この匂いがかぎたくて我慢できなくなることはありましたか?」
「ある…気がする」
「あと2つは、記憶の混濁と幻覚です」
「………?」
「蜂谷くん、山内氏は存在していません」
「……え?」
「蜂谷くんの目に映っていた山内氏は、蜂谷くんが見ている幻覚です。本物の山内氏は、いません」
「………」
「……蜂谷くん?」
僕はその場に立ち上がっていた。そして机の上の香水の瓶を鷲掴みにした。
「蜂谷、くん?何をするつもりですか」
「ゆうくんが、いない?」
「はい、あの…瓶を置いて…」
「そんなの嘘だ」
瓶を右手に抱えて、カフェを飛び出した。後ろから守門の声がしたが、追いつけるわけがない。翔也には遠く及ばないけど、僕はもともと足が速いから。
ゆうくんがいない。
幼稚園の頃からの友達で、僕の話を聞いてないようで聞いてくれて、優しくないようで優しくて、セックスも好きなだけできる。そんなゆうくんが…。
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