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なんだかやる気が出なくて、月曜日は大学を休み、ずっと漫画を読んでいた。かなりの巻数のあるファンタジーを1日で読み切り、特にリフレッシュした気分もないまま火曜日を迎え、のろのろと支度をして大学へ向かった。 ゆうくんの声は、漫画に没頭しているうちに聞こえなくなっていた。 「あ、蜂谷。体は大丈夫か?」 1限の講義室へ入ると、川名が手を挙げて声をかけてきた。 「ああ、うん。記憶は戻ってない気がするけど、後は落ち着いてきた。幻覚も消えたし、依存性もあまり感じない」 川名の隣にどさっと座り、一息ついた。 「そうかー…記憶って、どれくらい消えてるの?」 「わかんないよ。僕の中では何かを忘れてる感覚は特になくて、ただ僕の記憶と実際の過去が食い違ってるみたいだから、どれが正しい記憶か判別できない」 「なんか困ったことあったら俺に言えよ。大学入ってから大体一緒にいたし」 「うん…ありがとう」 「ま、大した出来事は起きてないけど」 ゆうくんが結婚したのが、やっぱり1番大きな出来事だったんだろうか。全く思い出せないけども。 「川名はどうだったの?椿原と話せた?」 「おお、蜂谷が俺の恋愛事情を気にするとは!くそどうでもいいとか言ってたくせに」 「…別にいいじゃん。聞いたって」 なぜか川名はにやにやしながら僕を見ている。 「概ねわかったよ。ツバキが音信不通になった理由。きっかけは、ツバキが守門を襲ったことらしい」 「襲った?椿原が…?」 ほーらヤッてんじゃん…と嘲るゆうくんの声が頭の中で響く。 「ツバキは襲ったって言ってたけど、無理矢理キスして添い寝しただけらしい」 「それって…」 「いいよな別にそれくらいで連絡断たなくても。キスくらい、怒らないのにね」 「………そうだね」 それって守門のファーストキスってこと?と聞きそうになっていた。そんなこと聞いたら川名に変な風に思われてしまう。 「まあその後も色々あったらしいけど、結局のところツバキは罪悪感に浸って俺を無視してたわけ。あいつはいっつもそう」 「………」 「蜂谷?聞いてる?」 川名は僕の顔の前で手を振った。ぼんやり顔を逸らして手を払う。 「聞いてるよ。それで、椿原とは仲直りしたの?ていうかあいつはもう帰ったの?」 「帰ったよ。急に大学休んできたらしいから。とりあえず、今後は返事しろって言っといた。あと…そろそろちゃんと付き合わないかって」 「ど…どうなったの?」 「……なんでそんなに食いつくの?いつもの蜂谷なら、全然話聞いてくれないのに」 「暇だから」 「ふーん…」 そのタイミングで教授が入ってきて講義が始まり、川名との話はそれっきりになってしまった。 『素直に聞けば?お前らが別れたら守門が椿原と付き合うんじゃないかと心配だって』 一言だけ、頭の中でゆうくんの声が響く。 守門のことなんかどうでもいい。ただ気に食わないだけ。僕のこと好きって言ったくせにあっさり手を引いたところも、あんなやつに運命の番がいることも、それが椿原だってことも。 「……嫌い。ムカつく」 「どうした?」 「え…?」 講義中なのにうっかり口に出してしまっていた。川名が怪訝そうにこちらを見ている。 「…この後時間ある?」 「あるけど」 「じゃあ後で話す」 一旦川名に聞いてもらおう。川名に話すのだって相当嫌だけど、話したらこのモヤモヤが晴れるかもしれない…。 「つまり……蜂谷は守門をキープしたいってこと?」 「え、キープ?」 お互いに2限は講義を入れてなかったので、早めに学食へ行っておやつをむしゃむしゃ食べながら今までの経緯を話していた。 「守門が好きなわけじゃないけど、好かれていないのは嫌だ。守門と付き合いたいわけじゃないけど、他の人に取られるのは嫌だ。つまりいつでも選べるような位置でキープしておきたいと」 「僕そんなに打算的じゃないもん」 「蜂谷は打算の塊じゃん。俺はそもそも守門をすんなり許したのが驚きだな。怪しい香水かがされて大変な目にあったのに」 「怪しい香水は川名も使ってたじゃん。人のこと言える立場なの?」 「それ言っちゃう?でも俺は自分が大変な目に遭っただけで、翔也に害は与えてないし」 「お前の存在自体が害だった」 「そんな言い方…いや、今はその話はいいって。守門がキープできなさそうでイライラしてる話でしょ」 「そんなこと言ってなくない?」 「じゃあ蜂谷はどういうつもりなの?守門のことどうしたいの?」 「わかんない」 「それなら、ひとつひとつやりたいことをやればいいんじゃない?」 「やりたいこと…」 思いつくことが1つある。僕がさっきから気になっていたこと。 「あのさ…椿原とはどうなったの?付き合ってるの?」 「何でその話?」 「守門が、椿原にとられないか心配だから……」 もごもごと理由を話すと、川名はふっと笑った。 「ツバキは過去に番の契約を破棄したことがあるから、運命だからって番にはなれないよ」 「……でも、ファーストキスはとられたもん」 「ファーストキスは、自分がよかったの?」 「………うん」 もう全部打ち明けてしまえと思ったら、自分でも意識していなかった本音が掘り起こされてきた。 「椿原は…僕より顔がいいし、頭がいいし、わがままでもないし、きっといい恋人になると思うから…だから…守門の近くにいてほしくない。川名と付き合っていてほしい」 「それってもう、好きなんじゃない?」 「違うもん。僕は守門に好かれている状態が気持ちいいだけで」 「好きだから好かれたいんじゃないの?」 「……え?」 「好きな人に好かれたいってすごく一般的な欲求だと思うけど」 「そうじゃなくて…守門じゃなくてもいいんだ。誰でもいいから僕のことを好きになって可愛がってほしい。だから守門にも好かれたいだけで…」 「じゃあ、自分のことを好きな守門を好きになったんじゃない?」 「……どういうこと?」 川名は少しめんどくさそうに繰り返した。 「だから、好きって言われて好きになっちゃったってことでしょ。それも自然な心の動きだと思うけど」 「僕、そんなにチョロくないもん」 「蜂谷は単純で短絡的だよ」 「うざ…!」 「好きじゃないなら、守門なんかほっとけばいい。蜂谷のこと好きな人はいずれ他にも現れるよ」 「………」 「ほっとけないなら、告白すれば?そしたら蜂谷がうだうだ悩んでることも解決するかもよ」 「なんで急に告白なんて」 「そうすれば少なくとも、守門は他の人に目が向きにくくなるでしょ。長年好きだった相手が、自分のことを好きだって言ってるんだから」 そういえば川名は行動派だった。自分の気持ちも相手の気持ちも深く考える前に行動に移すタイプ。それが上手くいっているのかどうかは微妙なところだけど。 「…じゃあ、1回してみる」 「いいじゃん」 「好きかどうかわかんないけど」 「違ったら後で謝ればいいよ。守門なら許すって」 「…で、でも、付き合うことになっちゃったら」 「嫌なの?守門と付き合うの」 「嫌…じゃないけど……」 「じゃあいいじゃん。はいはい。ゴーゴー蜂谷」 雑に手を叩かれ、自然と僕は立ち上がり、また座った。 「ん?どうした?」 「なんか流れで駆け出しそうになったけど、守門の居場所知らないから、とりあえずラインで呼び出すことにした」 「冷静〜」 講義中だろうに守門からはすぐに返事が来て、昼休みに図書館前で待ち合わせることになった。 告白なんてしたことがない。なんで急に告白することになったのかも、よくよく考えると謎だ。そういえば川名は椿原とどうなったのか教えてくれなかった。まさか話を逸らすために告白しろなんて言って… 「すみません。待ちましたか」 徐々に後ろ向きになっていた思考が、守門の声で中断させられた。 まだ昼休みが始まってすぐなのに、守門は息を切らせて僕の前に立っている。 「あの、どうしましたか。香水の副作用の件ですか。幻覚がまだ見えるとか、記憶に不都合が生じているとか、禁断症状が起きているとか、違和感があったらなんでも」 「守門」 早口で話す守門の言葉を遮って呼びかけた。 「なんでしょうか」 いつも通りの真顔の守門を、まっすぐ見上げた。心臓がばくばくと音を立てている。告白って、何を言えばいいんだっけ。僕が一番可愛く見える台詞、考えとけばよかった。 「…す……」 「はい?」 「す、好き、なんだけど」 「何をですか」 「だから……守門を」 「蜂谷くんが俺のことを好きだということですか?」 「そんなはっきり聞き返す…?」 少しは喜ぶかと思ったのに、守門はぼーっと訝しげな表情をしている。 何かまずかったんだろうか。ちゃんとはっきり伝えたのに。 「①俺をセフレにしたくて嘘をついた」 「えっ?」 「②香水の副作用で判断力が低下している。③俺の数々の言動のせいで混乱している。④俺に仕返しするためにドッキリを仕掛けている。⑤何らかの理由で勘違いを」 「待って!何?どうした?壊れたの?」 「蜂谷くんの発言の意図や背景を考察しているんです」 「何それ。好きだから好きって言っただけだよ」 「それは一番可能性が低いです」 「僕がそう言ってるんだからそれが事実でしょ!」 「じゃあ証明してください。蜂谷くんが俺を好きだってこと」 「証明…?」 「例えば三角形の合同を証明するための条件は、 (ⅰ) 3組の辺がそれぞれ等しい。 (ⅱ) 2組の辺とその間の角がそれぞれ等しい。 (ⅲ) 1組の辺とその両端の角がそれぞれ等しい。 となります」 「は?」 「どうぞ」 「僕は何をパスされたの?」 守門はちらっと腕時計に目をやった。 「…すみません。そろそろ時間なので失礼します」 「あれ、何か用事があった?」 「昼食をとる時間がなくなってしまうので」 「………なるほど」 「では」 守門はすたすたと去ってしまった。 ……え?断られたの?なんで…?
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