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たこやき
最近子どもができまして!更新頻度なかなか上げられなさそうですみません…
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
どうせなら守門を家に呼びたいと思って、スーパーで勝手にたこやきの材料を買って帰ることにした。材料を揃えてしまえば断りづらいしこっちのもんだ。やましい気持ちは…めちゃくちゃある。
今日は僕の家でたこやきパーティーね、とメッセージを送ったら、『人生初のたこやきパーティーを蜂谷くんとできるなんて、たこを喉に詰まらせて死んでもいいくらいです』と返ってきた。
「相変わらず大げさだな」
鼻で笑いながらも、僕はたこを気持ち小さめに切った。
「お邪魔します。守門です」
19時になり、講義を終えた守門がアパートにやってきた。なぜか小声だ。
「なんでそんなにひそひそしてるの?」
「緊張しているからです」
「前にもこの部屋来たことあるのに」
「あれは非常事態だったので、今回改めて緊張しています」
「ふーん…まあ適当にくつろいでよ」
「わかりました。くつろぎます」
守門はキョロキョロしながら部屋に入り、ちょこんと床に座った。
「おおお……蜂谷くんの匂いがします」
「え、どんなの?くさい?」
「いえ。先ほど大学で蜂谷くんを抱きしめた時と同じ匂いが部屋に充満していて興奮します」
「…換気しようかな」
「俺が全部吸うので必要ありません」
にこにこしながら深呼吸を繰り返す守門を無視して窓を開けた。夏が近づいてきたことを感じさせる、もわっとした空気が部屋に入る。
「もうすぐ夏休みだね。大学生は2ヶ月もあって最高」
「蜂谷くんは何かする予定がありますか?」
「守門とデートとか」
「えっ!それはいいですね。俺に任せてください。最高の夏にします。海がいいですか?山がいいですか?街がいいですか?」
守門は前のめりになって聞いてきた。
「守門はどこに行きたいの?」
「特にありませんが、蜂谷くんが行きたければ所持金が許す限りどこへでも行きます」
「えー…ないの?」
「強いて言うならナイアガラの滝ですね。トロントにいたのに一度も行きませんでした」
「じゃあ、行く?」
「はい。新婚旅行で行きましょう」
「…そしたらもっと先だねー」
また結婚へ誘導されてる…と思って警戒したが、守門は機嫌良さそうに深呼吸をするだけだった。
守門が来る前にある程度準備しておいたので、たこ焼き機を机に置いて、生地とたこと食器を一緒に並べれば、たこパのスタートだ。
「蜂谷くん、俺あれがやってみたいです。くるくるひっくり返すやつ」
いつになく目を輝かせて、守門は僕を見つめた。
「守門ってたこ焼き自体初めてなの?」
「買ってきたものを食べたことしかありません」
「へえ…楽しいよ、くるくるするの」
油を敷いて生地を流し込むと、守門は早速竹串を構えた。
「今ですか?」
「気が早すぎ。たこすら入れてないし。頭良いのに馬鹿…」
ふふっと笑うと、守門は嬉しそうに体を寄せてきた。
「どうしたの?」
「蜂谷くんが素っぽくて嬉しいです」
「かわいこぶってるより素のがいいの?」
「両方あるから好きです」
守門の言葉はいつも真っ直ぐで、嬉しいけど反応に困ってしまう。
「………たこ、自分で入れてみたら?」
「はい!」
守門はやけに慎重な手つきでたこを投入し始めた。子どもみたいで少し可愛い…。
たこ投入中の守門の後ろで立膝をつき、抱きしめてみた。
「わ、わ、蜂谷くん。急にどうしましたか」
「これが恋人の距離感だよ?」
「そうなんですか?不勉強でした」
守門はたこを全て入れた後、胸の辺りに添えられていた僕の手を握った。
「俺は人間関係が不得意分野で、相手との関係性による距離感の違いを掴むのが苦手です。なので蜂谷くんに、恋人とはなんたるかを教えてほしいです」
「硬いよ!難しく考えすぎ」
「俺は蜂谷くん以外に恋人を知らないし、凌くん以外に友人を知りません。あとは家族と他人だけです。なので、本当にわからないんです。とりあえず、お互い好きだからといってすぐに結婚するわけじゃないことはわかりましたが」
「………凌くん」
「はい?」
ここまで来ると認めるしかない。椿原の話を聞くと、いつももやもやする。たぶん…嫉妬しているから。
「…翔也は?ダブルデートしようとするくらいだし、友達なんじゃないの?」
「すみません、あの時佐瀬を友人と言ったのは嘘です。高校卒業までの蜂谷くんの人間関係についてはなんとなく把握していたので、帰国後、利用できるかなと思って近づいただけなんです」
「守門にとっての友達と他人の違いって何?」
「わかりません。凌くんとは、お互いに友達になりたいという気持ちを持っていることを確認したので、友達になりました」
「……なんか、ムカつく」
「え?どうしました?」
守門はくるっと振り返り、不安そうな表情で僕を見上げた。
「……僕より、椿原のほうが特別な関係って感じがするから」
できる限り素直に打ち明けたのに、守門はぽかんと首を傾げた。
「他人との関係は全て独立して特別なものなので、凌くんと蜂谷くんを比べることはできません」
「………そろそろ、たこ焼きひっくり返して大丈夫だよ」
すっと守門から離れ、自分のお皿の位置に戻って座った。守門はぽかんとしたまま僕を目で追っている。
「くるくるしないの?」
「えっと…します」
「たこ焼きを垂直にずらして、生地を追加で流し込むんだよ」
「なるほど。やってみます」
さっきより見るからに守門の元気がなくなってしまった。無言できっちりとたこ焼きを90度にしていく。
「…特別っていうのは、比べられる部分のことを言ってるんだよ」
「えっ?」
守門がぱっと顔を上げてこちらを見る。
「椿原のこと、下の名前で呼んだり、僕にはない思い出があったり……ファーストキスしたり」
「キスのこと知ってたんですか?」
「川名から聞いた。椿原に襲われたんでしょ」
「事故ですし、厳密に言えばファーストキスは凌くんじゃありません」
「え?誰?」
「お母さんです」
「………そういうことじゃないもん………」
守門が傾けたたこ焼きに、生地を流し込んでいく。話しているうちに、少し焼きすぎたかもしれない。焦げてるわけじゃないけど。
「……みつるくん」
「…え?」
「下の名前で呼ばれるの、嫌いなのかと思ってました。誰も呼んでないし、大学で初めて会った時断られたので」
「あの時の守門は距離詰めすぎで怖かったから」
「じゃあ、今はいいですか?」
「…うん」
僕が頷くと、守門の表情がぱっと明るくなった。
「えっと…じゃあ次は、凌くんとのことについてちゃんと説明します。香水の副作用の件でバタバタしていて、断片的な説明になっていたと思うので」
「うん…」
「どこまで話したのかわからないのですが…俺は大学でオメガバースを研究しています。それはみつるくんの運命の番になって結婚してもらうためでした。…それについては誤解だったわけですが」
「びっくりしたよ。守門の手段が遠回りな上に執念深すぎて」
「俺は頑張って勉強して、カナダの大学の医学部に入学することができました。そこで出会ったのが凌くんです。凌くんは俺の運命の番だったので、これは利用できると思いました。何せ運命の番は観測された件数が少なく、十分に研究されていない分野だからです。凌くんを使って運命の番のメカニズムを解き明かせば、みつるくんの運命の番にもなれると思いました」
「………」
それどころじゃなくて忘れていたけど、そういえば守門と椿原は運命の番なんだっけ…?
自分と守門が運命と聞かされてもどうでもよかったけど、守門と椿原がと聞くと、なんか……。
僕の複雑な心境には全く気付かず、守門は話を続ける。
「一緒に研究するうちに凌くんとは仲良くなり、昔の話も聞きました。凌くんは、オメガのフェロモンを出す香水を作ったそうですね。その技術を応用すれば、運命の番と思わせる香水も作れると思ったんです。そうすればみつるくんはもう俺のものです。そしてそんなタイミングで、俺と凌くんは個室に監禁されました」
「え…なぜに?」
「俺は基本的に他人から嫌われるので、嫌がらせをされることはよくあります。俺は凌くんを襲ったら大学を辞めるという約束をしていたので、それを知った人間が利用しようとしたんだと思います。色々あって俺は閉鎖環境が苦手なので、自分の行動が制御できるか自信がありませんでした。なので凌くんに頼んで、身体を拘束してもらいました。ですが凌くんの方がフェロモンに負けて、俺にキスをしてしまいました」
「…それで?」
「え?それで…終わりです。キスまでの経緯を全部説明しました」
「キスだけで終わったの?」
「はい。すぐ寝てしまったので」
「………」
「えっと…まあ、なので、あくまでもただの事故です。反省点としてはスマホを忘れて脱出困難になったところですかね」
他人事みたいな感じで話が締め括られてしまった。
「…キスした時、どう思ったの?」
「鼻が詰まっていたので苦しかったです」
「気持ちよくはなかったの?そのままセックスしたくならなかった?運命の番なのに」
「セックスという発想には至りませんでした。気持ちよかったかは…よくわからないです。嫌悪感と、得体の知れない幸福感がごちゃまぜで」
守門は淡々とそう話し、竹串をたこ焼きに突き刺した。
「もう、食べていいですかね」
「あ…うん。焼けたね」
全部聞いてもあまりすっきりしない…。なんでだろう。守門は椿原に恋愛感情はないってわかってるのに。
「できたてはおいしいですね、みつるくん」
守門は機嫌良くもぐもぐたこやきを食べている。なんとなく腹が立って、頬を人差し指で突いた。
「みつるくん?」
「真白」
「はい」
守門はにこっと笑って答えた。
「僕のこと、もっと特別扱いしてくれないとだめだからね?」
「みつるくんは可愛いですね」
「なにそれ…?」
守門はたこ焼きを飲み込み、僕をぎゅっと抱きしめた。
「可愛いです。なんでもするのでなんでも言ってください」
運命の番の香水とは違う、守門の匂いがする。やっぱり好きだ、この匂い。
「じゃあ、僕の好きなところ教えて」
「そのセリフ好きです。みつるくんに言われると特にいいですね。俺のことが大好きなめんどくさい恋人って感じがして」
「え、めんどくさいの?」
「面倒だとは感じないですが、客観的に見て面倒だと言われやすいと思います。でも俺はそういうのが好きです。面倒とか、わがままとか、手がかかるとか。しかもみつるくんにはそういう発言が似合います」
「ふ、複雑…。悪口じゃん」
「言葉を選ぶのが苦手で申し訳ないです。とりあえずみつるくんの外見のほうから、どこが好きかお伝えしていっていいですか」
「ああ、うん…」
守門は嬉しそうに微笑み、僕の髪の毛をすくった。
「髪質が柔らかいですよね。ふわふわしてて可愛いです。小学校の頃から色素は薄めでしたが、染めたりしてるんですか?」
「染めてないよ。たしかにちょっと茶色っぽいかな」
「陽の光が当たるととてもきれいだと思ってました。今やっとみつるくんの髪の毛を触ることができる距離まで近づけて幸せです」
「大げさ…」
「照れてますか?みつるくんは本気で褒めると照れるんですね。そこも可愛くて好きです」
「あー…もう!」
たこ焼きを箸で取り、守門の口に無理矢理突っ込んだ。
「想像以上に言葉を尽くしてくるからびっくりしただけだもん。たかが髪質に」
「髪質は大事です。でも好きなところはいっぱいあるので、このペースだと終わるのは明日の朝になっちゃうかもしれないですね」
「じゃああと1つだけ教えて」
「1つだけ……」
守門は首を傾げて僕の全身をじろじろ眺めている。そしておもむろに両手で頬を挟んだ。
「みつるくんの唇にキスしたいとずっと思っていました」
「…うん」
「笑顔が似合う口元です。俺はみつるくんを苦笑させてばかりですが、たまに見せてくれる屈託のない笑顔が好きです」
「僕、そんな風に笑ってた?」
「はい。唇自体も、ぷっくりしてて、ピンク色で、柔らかそうで…美しいと思います」
「じゃあ、キスしてみたら?」
僕がそう言うと、守門は黙って僕の目を見つめた。そしてパッと顔を赤くした。
「もうちょっととっておきます」
「は?」
「付き合ってるけどキスはしていない期間を堪能します」
「よくわからん感性…」
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