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性奴隷になりたい!
佐瀬の姿をぼーっと反芻しているうちに昼休みになった。思い立ったら即行動!で度々失敗してきた俺は、はやる気持ちを落ち着けるため、椿原に相談してみることにした。
「なあなあ、どうしたら佐瀬の性奴隷になれると思う?」
「さあ…。そもそもなんで性奴隷なの?友達とか恋人とかすっ飛ばしてるじゃん」
「俺は魔物に征服されたいんだ」
「それ、朝も聞いたけど意味わかんない」
椿原は形のいい眉をひそめた。
この失礼な友人、椿原はΩの男だ。Ωというと何かと立場が弱くなりがちだけど、椿原は持ち前の要領の良さで上手く立ち回り、なかなか楽しくやっているらしい。
佐瀬の話をしたのも、椿原なら何かいいことを言ってくれるかもしれんと期待してのことだ。
「にしても佐瀬かぁ。ただでさえ性欲がなさそうな奴なのに、川名ごときじゃ望み薄そう」
クスクスと笑う椿原にムッとする。
「そんなのわかんないだろ!一生懸命お願いすれば、性奴隷にしてくれるはずだ!」
「一生懸命お願いするの?性奴隷にしてくださいって?」
「必要なら土下座も辞さない」
「いやー、やめときなよ。いくら佐瀬でも、ほぼ初対面のやつに性奴隷にしてくれとか言われたら引くよ」
「そうかなぁ?性の奴隷だよ?俺の体好きに使えるんだよ?」
「いらんでしょ川名の体。雄としての魅力も雌としての魅力もないくせに」
「失礼だなツバキは!とにかく、今から俺は佐瀬に声をかけにいく!」
「あっそ。せいぜい頑張って」
椿原はどうでもよさそうに鼻で笑った。
時計を見ると、昼休みは半分終わったところだ。
急げ!佐瀬に話しかけるぞ!
俺は椿原を置いて、教室を飛び出した。
うちの学校には、αの中でも特に優れた才能を持つ人だけが入れる特進クラスが存在している。勉強はダメダメだけど運動能力がずば抜けている佐瀬も、一応そこに属しているらしい。
あまり居心地がよくない場所だな、と感じつつ特進クラスの入り口に手をかけたところで、後ろから呼びかけられた。
「おい、川名だよな。こんなところに何の用だ?」
聞き覚えのある声にどこかほっとして振り返ると、生徒会長の由比孝志が立っていた。
「あっ、ゆいゆい!今年から特進になったんだっけ?」
「ゆいゆいじゃない、由比だ。ゆいは1回」
「うわー、知り合いがいて安心した。佐瀬呼んできてくれない?」
由比は去年同じクラスだった。この学校の生徒会長を務めているし、勉強も頑張ってる真面目なやつなんだけど、プライドが高くてちょっとからかっただけでムキになるのが面白い。
「相変わらず馴れ馴れしいな。このフロアはα以外基本的に立ち入り禁止となっているが」
「相変わらず真面目だな。俺は佐瀬に用があるんだってば。中入りづらいから呼んできてよ」
由比はイラッとした顔を隠さず腕を組んだ。
「嫌だ。どうして俺が」
「友達だろ?」
「初耳だ」
「ねーそこ邪魔なんだけど」
声をかけられて振り向くと、小さくてかわいらしい男がにこにこしながら立っていた。
「蜂谷…」
由比が少し嫌そうな顔をしてつぶやいた。
知り合いなのかな。
「話聞こえてたんだけど、翔也に用事?」
「翔也?」
「佐瀬翔也。呼んでほしいんでしょ?」
「ああ、佐瀬ね!そう!用事が」
「僕が伝えとくよ」
「…え?」
「君みたいに怪しい人、いきなり翔也に会わせられないもん」
蜂谷という男は少し甘い匂いをさせながら俺に迫ってきた。
なんなんだこいつ。佐瀬のマネージャーか?
困惑して由比を見ると、すっと目をそらされた。
「どうしたの?伝えてほしいこと、ないの?」
「え、いや…伝えとくっていうか、俺は佐瀬と直接話したいんだけど」
「うふふ。だーめ」
「はぁ?」
「βくんはおとなしく自分の教室戻りなよ」
蜂谷は俺と由比を押しのけ、笑いながら教室に入っていった。
「由比、あれ誰?あれも特進クラスなのか?」
俺が詰め寄ると、由比は苦々しい顔をして答えた。
「蜂谷は…佐瀬の番だ」
「へっ?!」
佐瀬、番がいるのか?めちゃくちゃ意外だ。そういうの興味ないって噂だったのに。
「どうしてあいつには怒らないんだ?βの俺がダメなら、Ωの蜂谷だって教室に入れないはずでしょ?」
「…あいつには言いづらい」
「は?何それ」
由比の肩越しに教室を覗くと、佐瀬と蜂谷は窓際で仲よさそうにしゃべっていた。
「ずるい」
蜂谷がずるい。番なんてずるい。俺もΩに生まれていれば、あの位置に簡単に立てたのに。
「あー…佐瀬、呼んでこようか?」
少し申し訳なくなったのか、由比はもじもじしながらそう言った。
「…いい。βには佐瀬に近づく権利なんてないんだろ」
「あ、ちょっと、川名…」
呼び止めようとする由比を無視して、俺は自分の教室へ戻った。
教室では椿原がスマホをいじりながら待っていた。
「川名、どうだった?佐瀬の性奴隷になれたの?」
「ツバキの言ってた通りだ」
「俺何か言ったっけ?」
「この世界は不平等だよ」
「えっ?ああ」
椿原はスマホからちらっと顔を上げた。
「俺、どうしてβなんだろう。ツバキがうらやましいよ」
「俺が?」
「俺もツバキみたいにΩになりたい」
「…なんで?」
椿原はスマホを机の上に伏せ、俺をじっと見上げた。
「Ωなら、佐瀬の番になれるから」
「川名がなりたいのは、番じゃなくて性奴隷でしょ?」
「そうだけど…でも、佐瀬には番がいたんだ。そんな状況で、俺を性奴隷にしてくれると思うか?」
「佐瀬に番?もしかして、蜂谷のこと?」
「知ってるのか?」
「まあ、有名だし。佐瀬の近くをいつもブンブン飛び回ってる蜂みたいなヤツ。でもあいつ前ヒート来てたし、番じゃないと思うよ」
「え、そうなの?…でも、番になれる可能性は高いってことだろ?はー性別ってなんなんだろうな。俺もΩになりたいよ」
「じゃあ、なる?」
椿原は俺の制服のネクタイをつかんで体を引き寄せた。整った顔が目前で妖しく笑っている。
「俺が川名をΩにしてあげる」
「えっ…どういうこと…?」
Ωって、なろうとしてなれるものなの?
ていうか顔近すぎ…
俺が戸惑っていると、椿原はすっといつもの笑顔に戻って手を離した。
「また明日、お楽しみに」
そこでチャイムがなって昼休みが終わってしまい、詳しく聞くことはできなかった。
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