雨粒を蹴散らして(試し読み)

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 あっけない幕切れだった。恋人との別れとは、もう少しドラマチックなものかと思っていたのに。僕の一年と三ヶ月の青春は、春の雨と共にガタガタのアスファルトの上を流れて行った。  カウンター席の男が会計を済まして出て行った。時計の針は午後二時十五分を指している。もうすぐランチのラストオーダーの時間だ。ガランとした店の片隅で、マスターが一服を始めた。この喫茶店は時代に逆行するように妙に古惚けていて、良く言えばアンティークなのだろうけど、どこか常に錆び付いた匂いがしていた。だけどそういうところが僕の好みに合っていて……なんて言うと、歳不相応だと笑われる。彼女(今となっては、元・彼女)も「変なの」と言って笑っていたっけ。  なかなか飲み終わらないコーヒーに、僕はやっぱり砂糖とミルクを入れれば良かったと後悔し始めた。窓の外の雨脚は強くなったり弱くなったりを繰り返している。通りの向こう側をずぶ濡れになって走っていく人がいた。気分的に今の僕とその人は兄弟みたいなものだろう。  徐に、僕は今僕の眼前に広がる霞んだ世界を切り取ってみたくなって、スマホを取り出しカメラアプリを起動した。しかし、窓に付着した飛沫や、幾筋も流れる川のようなものが邪魔をして、上手く焦点が定まらない。まして降り続ける雨の粒なんて、到底捉えることはできない。それで僕は少しばかりムキになって、ああでもないこうでもないと、スマホを窓に近付けてみたり角度を変えてみたり……結構な時間やっていたと思う。僕の意識は完全にスマホの画面の中に吸い寄せられていて、周りのことなんてまるで見えていなかった。だから、気付けなかった。背後に迫る影の存在に。  「そんなんじゃ駄目よ。」
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