雨粒を蹴散らして(試し読み)

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  1  春の長雨は憂鬱だ―。僕は食後のコーヒーに砂糖とミルクを入れかけて、やっぱり止めた。窓の外はじっとりと濡れきっている。暖冬とやらの影響で今年は雪が降らなかった。そのせいで、上空にはきっと〝降るはずだった〟氷の粒がたくさん残されているのだ。それが今頃になって耐えきれなくなって、融けてぼろぼろと落ちてきている。この先一週間の予報を見ても、雨の在庫はまだまだ尽きないらしい。  常連と思しきカウンター席の男が店主と話している。  「恵の雨とは言うけどねぇ……」  「催花雨、という言い方もありますしね。」  「しかし、マスター、もうちょっと空気を読んで貰いたいものだよ。」  「ええ、今年はちょっと降り過ぎです。」  「この様子じゃあ、今度の花見は中止だろうなぁ……」  「別のお客様も同じようなことをぼやいていましたよ。」  「まったく、せっかく春が来たっていうのに……ああ、また降ってきた。」  大仰な音を立てて、雨粒が窓ガラスに当たって弾けた。一つ、また一つと。外の景色が段々ぼやけていく。苦いコーヒーをちびちび啜りながら、僕は恋人だった女の子のことを思い出していた。  そう、この春、僕は彼女にフラれた。この春、というか、ついさっきだ。  四月から僕たちは高校三年生になる。いよいよ大学受験というものが現実味帯びて来る訳だが……彼女が言う事には、勉強に専念するために別れて欲しい、そうしなければ受かるものも受からない、とのことだった。僕と付き合おうが何をしようが、変わらず学年トップの成績を有していた彼女にしては、随分と弱気な発言だな、と思った。だから即座に、それ以外の可能性についても考えを巡らせた。―僕の返答を待つ彼女の肩に、傘から溢れた水滴が落ちて黒いシミを作る。彼女は俯いていた。僕の足元はぬかるんでいた。そうして、寧ろ「それ以外」の部分の方がウェイトを占めているのではないかと、僕は悟った。  「分かった。」  「うん。バイバイ。」
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