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 三つ目。 「それとね、おじさん、ここにはムツゴロウっていう珍しい魚がいるんだよ」 「ムツゴロウ……それはかわいい名前だね」  僕が調子に乗って、日本では有明海と八代(やつしろ)海にしかいない魚だとかハゼ科に属する魚だとか、ムツゴロウに関する薀蓄(うんちく)を語ろうとした時でした。夕日にキラキラ光る干潟のねっとりとした肌の上に、ピョンっと小さな生き物が一匹、体の割に大きな背ビレを広げて泥と一緒に跳ねたのです。 「あー見て見て、おじさん、あそこ! ムツゴロウがいるー」  干潟のアイドル、ムツゴロウのお出ましでした。  引き潮に現れる有明海の広大な干潟と名前も姿もかわいいムツゴロウ──僕の見せたかったものを二つとも大学さんに見せることが出来て嬉しくて、帰りは自転車のままふわりと宙に浮き、空を漕いでそのまま赤い夕焼けの中を飛んで行けそうな気持ちでした。  でも実際はまた、大人気ない大学さんと、勝ち目のない勝負をして帰りましたけれど。
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