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 その日の村は修羅場でした。  僕はたった九歳で修羅場を経験したのです。   味噌汁の匂いさえまだ漂わない明け方に、地響きとともに山から降りてきた男たちの「大変だー」という叫び声が村中に響き渡りました。    野良犬が吠え、あちこちの飼い犬までがキャンキャン吠えて、静かな村は一気に狂気地味た騒ぎの渦に巻き込まれたのです。  僕はお宮さんに住み着いていた気の毒な家族を尻目に、自分は安心安全な家に住んで、暖かい布団に包まれて幸せ者だと悦に入っていたはずです……なのに人はこんなにも簡単に、修羅場を味わうことになるのかと、強固だったはずの足元が全く安心なんか出来ない落とし穴だらけの場所だったということに気づきました。  僕は布団の中で生まれたての子犬のようにプルプルと震えていました。珍事などとは遠くかけ離れた何かが、とても良くない何かが今、村に起きているのだととても怖かったのです。寒くもないのに体が震え、人は恐怖や怯えで簡単に体がコントロール出来なくなるということも知りました。  僕の両親も外の騒ぎに起き出して、父が母に「お前は家にいろ」と言い、直ぐに父の下駄の音が玄関から外に出て行きました。多分居ても立ってもいられなかったのだと思いますが、家にいるようにと父に言われた母が勝手口からこっそり出て行ったも分かったのです。  惨憺たる一日の始まりでした。
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